見出し画像

【T.P.ぼん】昔から面白い、今も、これからもずっと面白い

歳を重ねるごとに、娯楽への要求が高まるのは人間の業というものでしょう。
とはいえ、娯楽の嗜好には基本的な性差があるようです。

すべての貴婦人が行き着く娯楽の終着点は、オペラ。
男の娯楽はオモチャの値段が変わるだけ。だいたいずっとドラゴンボール。

なのだとか。(言い得て妙だしだいたい合ってる)

そんななか、性差なしに評価され続ける作品というのもあります。
子どもの頃読んで面白かった。大人になってから読んでも思い出補正なしで面白い。あと20年後に読んでも補正なしで面白いだろう。
ということが確信できる作品に出会えるのは、実はかなり幸せなことなんじゃないかと思います。

デフォで面白いのに知識を重ねるほどに面白さが増す歴史漫画

心から自信をもって推したいのが、これです。

主人公は並平凡(なみひら・ぼん)なんて酷い名前。
共稼ぎの両親のもと、一人っ子の鍵っ子として育つ中学生です。(もはや「鍵っ子」という言葉すらノスタルジー)
ある時、近未来に住む16歳の少女「リーム」と出会い、色々あった後にタイムパトロールとして
過去の歴史のなかで、不幸な最期を遂げた人を歴史に影響が出ない範囲に限って救命する
活動を始めることになる…というのが話の大筋です。

ちびくろサンボ的表現狩りの影響でか、単行本の未収録作品が多かったのですが…数年前に完結したメモリアルコレクション「藤子・F・不二雄大全集」にて、ついに全作品の収録が叶いました。

「すこし・ふしぎ」名作中の名作

藤子・F・不二雄先生のSF作品集(サイエンス・ファンタジーではなくて、「すこし・ふしぎ」)でも未完の名作として人気の高い本作。
主人公のぼんとメンターのリーム、作品後半でぼんのプロテジェとなるユミ子は、過去に遡って

・王の墓を作りながら、その秘密を守るために殺されたピラミッド設計士。
・三蔵法師についていって命を落とした少年。
・エジプトの謎多き美妃、ネフェルティティの「あの胸像」を作った青年。

などなど。歴史の一場面や時代の分岐点で、陰謀や偶然に巻き込まれて命を落とした「死ななくてもよかった人」を助ける任務に従事します。

そしてこの、歴史の一場面を無名の犠牲者の視点で描くという演出が、出来事をものすごく親しみやすくしています。
子どもの頃はただただ歴史を身近に感じる演出として面白く読んでいたのですが
否も応もなく周囲に流されて致命傷を受けることもあるような大人になってから読むと、

…あああああああああああああああ!!!!

としか言えない想いになることに気付きました。
職業とか、家族とか、しがらみとか、そういうものを当たり前に背負い込むようになった大人だからこその受け取り方、楽しみ方、みたいなものがあったんです。
F先生、子供向けマンガを装ってなんてものを描いていたんだ…

「命の選定」が起こす矛盾

また、本作最大の矛盾点でもあり、偽善とも偽悪ともとれるのが、「救う対象は本部からの司令に従う」というポイント。
命を救うのが任務。でも生き残ることで歴史を大きく変えてしまうような人は救ってはいけない。これは、目の前の命を「死んでいいもの」と「救っていいもの」に区別することを意味します。
この現場の葛藤は、たくさんの人が一度に命を落とす「戦争」の場を任務の舞台とした時に際立ちます。

リームとぼんはある時、太平洋戦争末期に特攻隊の一員として命を落とした青年を1人だけ助ける任務を命じられました。
現場に向かった二人は、大戦末期の最悪の愚行「特攻作戦」を目の当たりにします。
そこでぼんが叫ぶ言葉が、

落ちていく特攻機にも、ぶつかられる軍艦にも、それぞれ人間が乗っているんだぞ!!
そのひとりひとりに家族があるんだぞ!!

今回の救命任務は、対象の青年1人だけ。他の戦死者たちは、タイムパラドックスのリスクから救うことができません。
タイムパトロール本部側の判断や分析の結果なのです。でも、「命を選ぶ理由」なんて末端の隊員には知らされません。
ぼんの非難に対して、彼のメンターでもあるリームはゴーグルから涙を溢れさせながら叫び返します。

どならないでよ!あたしが平気だとでも思ってるの!?

子供心にも重苦しい台詞でした。大人になってから読むと、職業倫理の矛盾や葛藤も生々しく、本当にこの作品がどう完結していくのかを観たかった、という思いでいっぱいになります。

大人のツボをつきまくった「映画ドラえもん」

ところで藤子・F・不二雄の代表作といえば、言わずと知れたドラえもん。

今年の春に公開された「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」で嬉しいサプライズがありました。本作のメインキャラクターであるリーム・ぼん・ユミ子が、タイムパトロール隊員として友情出演していたのです!
息子の映画館デビューに連れて行ったら予想外の演出でいい大人が大歓喜。
映画ドラえもんお約束の泣かせ処だったのに、タイムパトロールの3人に目を奪われて
「いや、のび太いいから!リーム喋って!ぼんとユミ子くんもっと映って!!!」
ってなってた…

あとから原作を調べたら、リームは2016年のアメリカに住む中学生だったんですね(原作で食事中にさらっと話すシーンがある)こんな小さな設定を拾ってくれた監督にはホント感謝しかない…

名作の名作たる所以

子どもの頃に楽しんで、大人になってから見返して「見え方の変化」そして「変わらない面白さ」に衝撃を受ける作品を名作と呼びたい。
と常々思っているのですが、その最初の衝撃はジブリアニメでした。

考えてみたら当たり前のことなのですが、大人になってからふと見て
ああ、私はもうトトロに会えないのだ
と気付いたときのすさまじい喪失感は今でも覚えています。

ぼん達の目から見た、大きな歴史の物語は、
家庭持ちのオジサンなら、ちょうど子どもがトトロに興奮しなくなったころ…小学生くらいから、親子で一緒に楽しめるんじゃないかな。
一緒に読まなくてもいいです。子どもが読んでも大人が読んでも面白くて、大人は子どもにいろんなことを教えてあげられる、そういう作品かもしれません。

おじさんと子どもが一緒に楽しむマンガとしても、かなりイイんじゃないかと思います。

大全集の大判コミックは全3巻、およそ5千円で、子どものお小遣いから出すのはかなりキツイ価格設定です。ただ少なくとも、下手な「マンガの日本史モノ」よりも面白く、頭に入るし心に残ります。
いま本作を読んだ少年は、オッサンになった時に、また読み返すでしょう。
これは大人の甲斐性を見せても良い、文句なしの名作だと思います。


投稿日 2016.06.13
ブックレビューサイトシミルボン(2023年10月に閉鎖)に投稿したレビューの転載です



いいなと思ったら応援しよう!