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2024.12.10 体操服から信頼を考えた
ある朝、通学班の集合場所でのできごと。
6年生の男の子と、母親が言い合いをしながらやってきた。
―今日は体操服で登校するのか、否か。
この日は卒業アルバムの撮影があるそうで、体操服で登校するようにと連絡があったらしい。それがたまたま授業参観の日、先生が子どもたちに話したことを親も聞いていたのだ。
それで、通学班の親子はというと。
私服で登校しようとした彼に対して母親が
「先生がこう言っていたじゃん」と言う。
でも彼は「スポーツ系のクラブの子だけ体操服だから僕は私服でいい」と主張する。
ところが母親は「いやいや、卒業アルバムはきっと1日で撮るからそれ以外の活動も撮るはず。業者さんは何日にも分けて来ないでしょ。今日は体操服でいいんだってば」と譲らない。
結局彼は体操服で登校することになった。
一連の話を聞いて私は「信頼してあげなよ」としか思えなかった。
それ以外の言葉が出て来なくてちょっと困った。
確かに親は「体操服で」と聞いたけれど。
その後訂正があって、子どもたちには話をしていたかもしれない。
通学班にはもう一人6年生がいる。
その子はスポーツ系のクラブだから体操服だと話していた。
さらに別の通学班の6年生を見てもみな私服だった。
「あれ?違ったかなー」と彼の母親はつぶやいていた。
子どもの話は信用できない、
結構よく聞く話。
それって親が「自分は正しい」という思い込みが起こしていることだと思うのね。
「間違えさせたくない」「恥ずかしい思いをさせたくない」という親心も案外あるのかもしれない。
じゃあ、私は子どもの話を信用できているのかって。
うちはどうしても同じクラスに2人。
(双子だし、1クラスしかないし・・・)
一方が話を聞きもらしていても
もう片方が補うってよくある話だし。
連絡帳が汚い字だったとしても、もう一方を見れば補えてしまう。
この時の親子のようなシチュエーションには出会えなさそう。
それでも「間違えさせたくない」という思いが強くなると私の意見を押し出してしまうかも。いやいや、それでは今回の教訓にはならない。
通学班の例の親子。
結局体操服が正しかったのかどうか、私にはわからないまま。
知りたいけど触れられずにいるのです。
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