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電車の中の小さなストーリー

金曜日、23時の電車の中。
禿げ散らかり、でっぷりとした中年の男が、スーツ姿の二人を従えて座っている。
酒の勢いだろうか、男はやたらと陽気で、「いいね!」を連呼している。その声はやたらと大きく、車内に響き渡っている。

一方、隣に座るスーツの二人は静かで品が良い。声のトーンも控えめで、周囲に気を遣っている様子が見て取れる。男と彼らの対比が滑稽ですらある。

「偉そうな態度だが、これが上司ってやつか」と思う。足を広げて座る姿が象徴的だ。
どうしてこんな自己管理もできない体形の男が部下を持っているのか不思議でならない。
「いいね!」しか言わないボキャブラリーの乏しさ。頭も悪そうだ。それに比べて、隣の二人の方がずっとまともに見える。

「あの二人、よくあんな上司の下で働いていられるな」と考えているうちに、自然と社会の仕組みを皮肉りたくなる。
金だ。結局は金。どんなにまともに生きても、金がなければ理不尽な上下関係を受け入れるしかない。
「ああ、馬鹿馬鹿しい世の中だ」と一人心の中でため息をつく。

そんなことを考えているうちに電車が隣の駅に到着した。
でっぷりした男が立ち上がり、深々と頭を下げる。

「では、私はこれで」
大きな声で礼を述べる男の姿に、一瞬戸惑った。

スーツ姿の一人が笑顔で返す。
「今日はありがとう。また月曜日に」

…何?今のやり取り。
どうやら、あの陽気な男が部下で、隣の男が上司らしい。

頭の中が一瞬真っ白になる。
「お前、上司に『いいね!』とか言っちゃってたの?」

その姿を見送った後、窓の外をぼんやりと眺めながら思う。
世の中、いろんな人がいるものだ。

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