ウミガメのスープ〜ひきかくくんからの挑戦状〜
イビ太郎「やってやろうじゃねえか!」
(イビ太郎くんは元気いっぱい直感思考の居飛車党だよ。勢い重視で突拍子もないアイデアを出すよ)
フリ之助「面白そうですね。いいでしょう」
(フリ之助くんは冷静沈着、ミステリ愛好家の振り飛車党だよ。ウミガメのスープをミステリと混同すると痛い目にあうよ)
イビ「分かった!男はタイトル挑戦者だったけどタイトルホルダーに家族を人質に取られて苦手な振り飛車を指すように強要されていた!」
フリ「はあ……キミさあ、ウミガメのスープって知ってる?まずは出題者にYESかNOで答えられる質問をして絞り込んでいくのが定跡なんだよ」
イビ「1発で当てたらカッコいいだろ。えーっとじゃあ男はタイトルホルダー?」
フリ「先にこちらでは?男はプロ棋士ですか?」
イビ「プロ棋士の居飛車党でタイトルは持ってない……男は稲葉先生?」
フリ「まさかキミそれ全部やっていくつもりじゃないよね」
イビ「よし分かったぜ!男は飛車という名前の人物から告白されて、そいつをフッたんだろ?」
フリ「ウミガメのスープっぽくはあるね」
フリ「ふーん、ひきかくくんは一間飛車は振り飛車じゃない派なんだ」
イビ「そこ引っかかるなよ。対局相手もプロ棋士?」
フリ「ようやくまともな質問をしたね。では私からも、対局は公式戦でしたか?」
イビ「じゃあ男の対局相手はアマチュアだったってことか」
フリ「そうとは限らないね。ソフトだったとか、叙述トリックでいかにもありそうだ」
イビ「まあ2つとも聞いてみようぜ。相手はアマチュアだった?ソフトだった?」
イビ「ほらな?考えすぎなんだよミステリオタク」
フリ「褒め言葉と受け取っておこう。しかしそうなると手合いが気になるね。3枚以上の駒を落としていましたか?」
イビ「平手だったとか?」
フリ「プロがアマと平手かつ公式戦ではない……?念のためここは潰しておこう。それは指導対局でしたか?」
フリ「公式戦でも指導対局でもない場でプロとアマが平手で指すシチュエーションって何があるか考えてみない?」
イビ「こんな話を聞いたことがあるぜ。とある大学将棋部の新入部員が三段を名乗る先輩と指したんだ。自分も同じような棋力だからいい勝負になるだろうと思っていたら結果はボロ負け。なぜ?」
フリ「ウミガメのスープの中でウミガメのスープをする気かい?うーん例えばそうだね……一口に三段といってもウォーズ三段と24三段では差があるね」
イビ「正解!先輩部員は奨励会三段だったってオチ」
フリ「ひきかくくんの問題も類似したケースかもしれないってことだね」
イビ「そ!んじゃ質問!お互いに相手の棋力は把握していた?」
フリ「そもそもが気になってきたね。そもそも2人に面識はありましたか?」
イビ「なーんだってえ!?プロ棋士がおしのびでアマの大会に出てた?」
フリ「研究会のような場だったんじゃないかな」
イビ「でもアマチュアだぞ?」
フリ「強豪アマや研修生が呼ばれることはあるんじゃないかな。そうなるとアマの定義を明確にしておきたい。引退したプロや元女流棋士や奨励会員はアマチュアではないが、元奨励会員と研修生はアマチュアに含まれますか?」
イビ「じゃあ決まりじゃねーか」
フリ「研究会での指定局面とすれば居飛車党の男が飛車を振った理由付けもできる」
イビ「核心突いちゃったんじゃないのー?」
フリ「では質問、それは棋界で言うところの研究会やVSという類のものでしたか?」
イビ「ついでにこれも、戦型や局面を指定しての対局だった?」
イビ「がーん」
フリ「いやあ……掴み所がなくなってきたね」
イビ「もう何でもいいじゃん。男が先手?」
フリ「先後は振り駒で決めた?」
フリ「つまり相手がじゃんけんに勝って先手を選んだってことか────」
イビ「はあ?男がじゃんけんに勝って後手を選んだ?」
イビ「どういうこと?」
フリ「チェスクロックを使いましたか?」
イビ「あーそうか。チェスクロを利き手側にしたかったのか?」
イビ「違うんかい」
フリ「そうなると……男は後手で指したい戦法がありましたか?」
イビ「男は居飛車党のプロ棋士なんだろ?公式戦の後手番で振り飛車を指すために練習がしたかったんじゃねーの?裏切り者の最低野郎だよ」
フリ「最後の部分は無視するとして、いい線いってるかもしれない。相居飛車の後手番は年々厳しくなってるからね」
イビ「じゃ質問。男は裏切り者の最低野郎だった?」
フリ「あのさあ……」
イビ「男は一本芯の通った生粋の居飛車党で振り飛車は指したことがない?」
イビ「それが分かっただけで……俺はもう十分満足だよ……」
フリ「まだ一つ、明確に明らかになっていないものがある────場所だ。ミステリでは地の文章で場所を書かずにそれがどこであるかを隠したりする」
イビ「じゃあ、外で対局してた?」
フリ「将棋会館?」
イビ「よっしゃ今度こそ分かったぜ。男は建設途中の新会館で指していた」
フリ「誰となんのために?」
イビ「そりゃあ……ヒューリックの会長だろ。勝ったら建設費用を安くしてもらえんだよ」
フリ「これは無視するとして気になる部分はあったね。二人は何かを賭けて対局をしましたか?」
イビ「二人……言われて思ったんだが本当に二人だったのか?」
フリ「なるほど。この問題の登場人物はプロ棋士の男と対局相手の二人だけですか?」
フリ「場所について立ち返ってみよう。その対局は誰かの家で行われましたか?」
イビ「消去法で。道場?」
フリ「これは一気に視界が開けたね。道場で手合いがついたのなら指導対局でもないし公式戦でもない」
イビ「でも平手だったんだろ?男は棋力詐称したんじゃねーの?」
フリ「アマチュアの方の棋力はアマ五段以上でしたか?」
フリ「うーん、手合い違いだね」
イビ「おもいっきり手加減しないと勝負になんねーよ……いや待てよ」
フリ「何か閃いた?」
イビ「アマチュアの正体はイタコだったんだよ」
フリ「もう続けなくていいよ」
イビ「イタコだったからすでに他界してる大棋士を憑依させたんだろ!例えば木村義雄とか大山康晴とか」
フリ「昔の棋士……そうか、昔の棋士だから……当然藤井システムを知らない……!男は藤井システムで勝つために飛車を振ったんだ!」
イビ「……急にどうした?(ドン引き)」
フリ「男は藤井システムを指しましたか!??」
フリ「恥ずかしくなってきた」
イビ「アマはイタコだった?」
フリ「こんなのと同レベルだったとは」
イビ「しっかし大山康晴なんて降ろされた日にゃプロと言えども勝てねーから違うよな」
フリ「ん?待ってよ。勝敗はまだ明らかになってないよね」
イビ「そんなのプロが勝つに決まって────」
フリ「男はこの対局で勝利しましたか?」
イビ「はー?負けたのかよアマに」
フリ「まだだ。男の負けでしたか?」
イビ「どっちやねん」
フリ「千日手とか持将棋の可能性もあるよ」
イビ「なるほど、もうそれしかねーな。引き分けだった?」
イビ「は~?」
フリ「勝敗がつかず、かつ引き分けでもない。何がある?」
イビ「森下九段vsツツカナ戦のリベンジマッチはどうだ?」
フリ「よく覚えてるね。確か早朝まで続いた結果勝負がつかなくて……。質問、二人は対局を指し掛けとしましたか?」
イビ「なんなんだよー。じゃあもう室伏広治が投げたハンマーが窓をぶち破って入ってきて将棋盤を粉々にしたから中断した?」
フリ「────────」
イビ「えーっとじゃあ五郎丸が蹴ったラグビーボールが────」
フリ「待った。さっき君は重要なことを言ったよ」
イビ「室伏広治?」
フリ「違う!質問、対局は中断されましたか?」
フリ「よし」
イビ「五郎丸が蹴ったラグビーボールが窓をぶちやぶって入ってきて将棋盤を粉々にした?」
フリ「ラグビーボールじゃ粉々にはならないでしょ」
イビ「コナー・マクレガーが窓をぶちやぶって入ってきて将棋盤を粉々にした?」
フリ「粉々にはできるだろうけど」
イビ「あーもう何かが窓をぶちやぶった?」
イビ「マイク・トラウトが────」
フリ「ちょ、ちょっと待って今YESって言ったよ」
イビ「マジ?」
フリ「窓というのは二人が対局している将棋道場の窓ですか?」
イビ「じゃあ窓が割れて対局が中断したってことか。じゃあやっぱトラウトがだな」
フリ「さっきからムキムキのアスリートが将棋道場を破壊しすぎだろ。強風や災害などの自然現象によって窓が割れましたか?」
イビ「人によるもの?」
イビ「何だろうな。アクセルとブレーキの踏み間違えで車が突っ込んできたとか?救助するために中断せざるを得なかったみたいな」
フリ「待った。まだこの方向で進めるべきじゃない」
イビ「いいだろなんでだよ」
フリ「時系列が判明していないからね。初歩的な叙述トリックだよ」
イビ「叙述トリック言いたいだけだろ」
フリ「窓が割れたのは対局中の出来事ですか?」
イビ「おおっ?やるじゃん。しっかしそれが中断の原因じゃないなら謎が増えたな」
フリ「例えば火事や地震……。災害や人災によって中断しましたか?」
イビ「他にどんなパターンがある?」
フリ「ウォーズしてる時なんかは佐川が来たら中断するしかねーけど」
イビ「来客がありましたか?」
イビ「やっぱ五郎丸が」
フリ「はいはい分かった分かった。それは誰もが名前を知っている有名人ですか?」
イビ「二人の知り合いだったんじゃねーの?」
フリ「言い方に含みがあるね。友人や親族や恋人ではなさそうだ」
イビ「親しい間柄ではない?」
イビ「将棋繋がりでの師匠や恩師って線もなさそうだな」
フリ「アマチュアとその人物は普段はオンラインでのみやり取りをしていましたか?」
フリ「うーん鋭いと思ったんだけど」
イビ「ヤクザとか……借金取りは?」
フリ「借金取りと将棋……ストーリーが繋がりそうな気配はあるね」
イビ「回答を言うぜ!アマは妹の手術のために闇金で金を借りていたけど、もう返済の目処が立たず首が回らなくなっていた。死ぬ前に将棋を指そうと思って道場に立ち寄るとプロ棋士がいたので事情を話して最後の思い出にと平手で指してもらうことにした。しかし借金取りが現れて対局は中断。窓は五郎丸が割った」
フリ「肝心のなぜ飛車を振ったのかにまるで言及してなくて凄味があったよ」
イビ「じゃあもう誰なのか他に思い付かないぞ」
フリ「その人物を明らかにする必要ってあるのかな?ひきかくくんはなぜ飛車を振ったのか、までなら二人で完結するって言ってたよね」
イビ「じゃあ割れた窓の方に方針を変えてみるか」
フリ「対局前かつ人為的、そしてさっき言ったひきかくくんの発言から絞り込める。窓が割れた原因は二人のどちらかもしくは両方にある」
イビ「おおー、これがウミガメのスープかあ」
フリ「窓が割れたのはアマチュア1人に原因がありますか?」
フリ「ふむ、そうか。状況は少し分かってきたよ」
イビ「本当かー?俺にはサッパリだぜ」
フリ「しかしどうしても割れた窓と飛車を振った理由と来客が繋がらない」
イビ「それなら一回原点に立ち返ってみねーか?」
フリ「原点というと?」
イビ「これは将棋なんだろ?」
フリ「……ああそうかウミガメのスープだからってB面攻撃をしすぎていたのかもしれないね」
イビ「そうだよ将棋の内容が重要なんじゃないのか?こいつは飛車を振りたかったわけだろ?何筋に振りたかったんだ?」
フリ「ひきかくくんは序盤の展開は問題のヒントになると思いますか?」
イビ「えーっとプロは後手で飛車を振ったわけだから……先手のアマの初手は当然2六歩だよなあ?」
イビ「じゃあ7六歩?」
イビ「じゃあ二手目は────」
フリ「埒が開かないでしょ。ひきかくくん、これから符号を虱潰しに質問していきますが時間がかかるので可能な範囲で棋譜を教えてもらえますか?」
フリ「おや?先手も振って相振りになっていたのか……」
イビ「振り飛車党から見てどーなんだよ」
フリ「うーん、確証はないけど後手は先手が振るのを待ってから振ってるように思える。質問、男は相振り飛車を指したかったのですか?」
イビ「部分的にって何だよ」
フリ「先手の指し手次第では別の可能性もあり得たってことじゃないかな」
イビ「先手が居飛車なら振らなかった?」
フリ「男は対抗形を指したくないと思っていましたか?」
イビ「プロの居飛車党だろ?振り飛車なんてカモにしてるはずだぜ」
フリ「男の対振り成績は極端に悪かったのですか?」
フリ「わざわざ対抗形を嫌う理由がないね。何か裏で取り決めがあるとか……」
イビ「八百長ってことか?でも賭けは質問で否定されてんぞ」
フリ「賭けた、ではなく賭けられていた、だとしたら矛盾しない」
イビ「閃いた。代指しをしてた?」
フリ「八百長でしたか?」
イビ「かすってはいんのか?」
フリ「男の目的が見えてこないね」
イビ「わざわざ棋譜を公開したってことは対局内容が大ヒントになるのは間違いなさそうなんだけどな」
フリ「局面図まで用意してるからね」
イビ「ぶっちゃけ男は手加減した?」
フリ「手加減したけど八百長ではない……。八百長というのは前もって勝敗を打ち合わせておくことだ。両者に事前の合意がなくても何らかの事情で真剣勝負にはならなかったとみるべきだと思う」
イビ「男は負けようとした?」
フリ「アマは負けようとしていましたか?」
イビ「なんで負けようとした?」
フリ「でもそうか、プロと知ってて平手で指してるわけだからね」
イビ「負けると分かってるのと負けようとするってのは違うだろ」
フリ「チェスクロックの設定は15分以下でしたか?」
イビ「短っ」
フリ「時間設定をしたのはアマ側ですか?」
フリ「もう分かったよね」
イビ「アマはトイレを我慢してたんだな」
フリ「アマは来客に会いたくなかったのですね?」
イビ「男は逆のことをしようとしていたってことか」
フリ「男は対抗形を避けようとしていた。男は相居飛車か相振り飛車を目指して駒組をしていた」
イビ「入玉だ!玉が向かい合うと入玉は難しい。だから先手が飛車を振ったのを見て飛車を振った。対局を長引かせるために!だろ?」
フリ「………」
イビ「これが答えじゃないのか?飛車を振った理由は完璧に当たってんだろ」
フリ「来客が誰なのか。男はアマを誰と会わせたかったかだよ」
イビ「顔見知りだけど親しくはない……」
フリ「会いたくない、って情報も追加されたね」
イビ「元恋人とか……それだと顔見知りではすまねーか」
フリ「初恋の人……それもしっくりこないか。うーん、分からないなあ」
イビ「…………」
フリ「…………」
イビ「こういう時は四隅の何とかだろ」
フリ「え?」
イビ「ほら、四隅の香車を見ろってやつ」
フリ「盤面を広く見るってことか…………広く……広く…………あっ」
イビ「どうした?」
フリ「ひきかくくんは最初に何て言ってた?」
イビ「引き角のことを奇襲戦法って言ってたのは君たちかい?」
フリ「それは私たちが最初に出会った日のことでしょ!出題時には何て言ってた?」
イビ「男は居飛車党なのに────」
フリ「その前だ」
イビ「すまんひきかくくん、もう一回頼む」
イビ「とある事件についての……問題です……」
フリ「それだ!ウミガメのスープの出題時にわざわざとある事件についての、なんて普通言わない。ならばそこには大いなる意図、ヒントがある」
イビ「事件?……つまり?」
フリ「事件とは刑事事件のことですか!?」
フリ「アマは窓を割って道場に侵入しましたね?」
イビ「来客は警察だ!」
フリ「男は警察の到着まで時間を稼ぐために入玉形にしようと目論んで、先手が飛車を振ったのを見て自分も飛車を振りましたね?」
イビ「ありがとうございました」
フリ「ありがとうございました」
フリ「いやー、入玉形にしたかったってのがポイントだったね。そこさえ早くに分かっていればなあ」
イビ「そっから時間稼ぎってのは安易に連想できるかんな」
フリ「そうなんだよね。それにしても窓と中断をほぼ同時に明らかにできたのはファインプレーだったね。あれがなかったらもっと手こずってたに違いない」
イビ「エッヘン」
フリ「道場の外観にも視点を移せていたら軽トラにも気づけてたかもなあ」
イビ「来客に関してなんだが、アマチュアの方は顔を合わせたことはある、って言ってたけどあれは何なんだよ?」
イビ「ずりー」
フリ「あれには惑わされたね」
イビ「いやー、それにしても居飛車党は賢くて機転が利いて勇気があるなあ。それに比べて犯人の振り飛車党は……(笑)」
フリ「………………ところで、ひきかくくんは事件の顛末までは語っていないことに君は気付いているかな?」
イビ「え?」
フリ「ひきかくくんは何故この問題を出したのかな」
イビ「え?」
イビ「え?」
フリ「こういうことだよ。警察を呼ばれたと気付いた犯人はプロ棋士の男を殺害して逃げおおせたのかもしれない。そして、その振り飛車党の強盗殺人犯が今君の隣に立っていないという保証はどこにもない」
イビ「……………………………………………………」
フリ「なんてね」
イビ「おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
おわり