罪悪感が見せてくれたものはなんだろう
先日不登校の話をしましたが
あの頃の私は
子どもに起こる問題は
全て私のせいだと思っていたんです
私に落ち度があったと
いつも自分を責めていました
離婚したせいだとか
ほったらかしにしたせいだとか
あの時ちゃんとしなかったからだ
とか
いつも
罪悪感が心を占めていたんです
あの時
私は
自分で自分を責め続けていた
でも
それは
なんの解決にもならなくて
ただ
ただ
同じ毎日が繰り返されるだけでした
そして
それを解決する方法は
その
罪悪感の根っこを探すこと
でした
なぜ、私は
こんなにも自分に罪を着せたがるんだろうか?
それは
役に立たなかった私
お父さんを見捨てた私
お母さんを守れなかった私
いろんな私の
罪汚れが出てきたのです
あの時
もっと、ああしていれば良かった
そんな私の後悔が
その時の現実となって現れていたんだろうなぁと思います。
その後悔のさらに下には
私の怒りがありました
なんで私のこと見てくれないんだよ!
こんなに頑張っているのに!
なんでわかってくれないんだよ!
これは
娘に対しても同じことでした
なんで、お母さんはこんなに頑張ってるのに
わかってくれないの?
なんでそんなに
お母さんを責めるの?
これは
小さい時の
小さい私が言いたかった言葉
そして
ね
その怒りの下には
私の本当の傷、悲しみがありました
寂しいよ
お母さん
私のこと見て
私のこと抱きしめて
そばにいて
ねぇ、私の話聞いて
お母さん
大好きだよ
本当は大好きなお母さんを
ただ喜ばせたくて
助けたくて
我慢して
頑張って
なんとかしようとしてきた
なのに、できなかった
これが、わたしの
罪悪感
こうやって
本当の根っこは
何重にもわからないように
もう感じたくなくて
もう見たくなくて
見ないように
見えないように
見つからないように隠してきた
だけど
その罪悪感だけは
しっかりと残っている
そして
その罪悪感が
目の前に見えている
それが
私にとって大きく見せられたのが
『不登校』という現実だったのです
それがわかってからは
私は
『不登校』に目を向けるのをやめました
見るべきものは
私の『罪悪感』
この『罪悪感』は
いつ、どこでできたのか?
それを知るには
たくさんの体験が必要でした
これまでしたことのない経験を
やり続けること
これが私に
たくさんの
『大丈夫』な世界を教えてくれました
たくさんの経験をして
たくさんの大丈夫を知って
その度に
少しずつ
私の『罪悪感』はなくなっていきました
もちろん
今でもゼロではありません
それでも
私は自分を責めることはしなくなりました
実は昨日も
娘にとっては辛い出来事があったのだけど
その出来事は
『娘の辛いこと』であって
私の『罪悪感』がそうさせたわけではないんだって
思えていたのです
以前ならきっと
私の何がいけなかったのか?
と、また自分を責めたでしょう
けれど
もう、私は自分を責めません
そうすると
彼女を、問い詰めることも
追い詰めることもしなくて済むのです
ただ寄り添って
今を一緒に過ごすことに集中する
そんな風に感じている自分に
どこか不思議な気持ちが込み上げたけれど
とても穏やかで
とても凪な時間でした
起こっていることは
それとして怒りや悲しみはあるけれど
それは決して
私のせいではない
と。
子どもが不登校や
何か問題が起こるたびに
未来に不安を感じ
過去を後悔し
感情が揺さぶられ続けた日々は
ただ私が私を責め
だけど
私が私のせいじゃない!と反発し
私のと私が戦っていた日々でした
誰かをただ愛して
愛されたかった
それだけの
小さな私が
その愛が叶わない
なら
と
拗ねて
怒って
反抗したくてもできなくなって
やめ時がわからず
大人になった
そんな
私たちの反抗期を
こどもが
私に教えてくれた
不登校とか
子どものトラブルって
そんなことなのかなぁと思うのです
てなわけで
昨日は
娘の大事件で寝不足だけど
心は穏やかです
不思議だけど
そんな日がくるのです
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