お酒と愛 4

(読了目安7分)

「お酒と愛 4」いってみましょう。
短編でどんどん進めていきます。

◎悪循環を断ち切ること


親や親戚が、お酒が原因の交通事故や、アルコール中毒、または、お酒が原因で女性関係などの問題を起こしたとします。
子どもがそれを「反面教師」とし、お酒を卒業できれば、その家系は愛に近づくことができます。
しかし、多くの場合、親は子どもに対して自分のコピーを作ろうとしますし、幼少期の子どもは親の行動に疑問を持ちませんから、悪循環を断ち切り愛に近づくには、客観視と努力が必要になります。


「育った環境」が人に与える影響は大きいものです。
以下、「お父さんはお酒を飲みます」と言っていた女性F子さんの言葉です。
「長く愛されたいです」と言っているF子さんに対して、マスターが「長く愛されたいならお酒を飲まない男と結婚するといいよ」と助言をしたときのことです。


「男の人がお酒を飲まないと、なんだか引きます」


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すごいでしょ?


「男性はお酒を飲むものだ、お酒を飲まない男なんて男じゃない」


こういうことなんです。


しかもその女性のお父さん、暴力はないんですが、暴言や浮気は当たり前なんです。
しかし彼女は、生まれたときから男性はお酒を飲むものだと思っていて、飲まない男性には違和感を抱くそうなんです。
さすがに「暴言」や「浮気」はダメだとわかっていても、暴言や浮気が「お酒とセットになっている」ということがわからないわけです。



子どもに対する親の役割とは、「愛とはなにか」を行動で示すことです。
このままだと、F子さんはお酒を飲む男性と結婚し、同じことを繰り返してしまうかもしれません。
お酒を飲む人は、なんとか飲酒を正当化しようとします。
しかし、飲酒は悪循環の始まりであって、決して愛ではありません。


親の行動が愛ではないとき、「この悪循環は私の世代で断ち切る」と決意し、決意を元に行動できれば、少なくともあなたは親の世代より愛に近づくことができます。


悪循環は断ち切ってくださいね 。



◎幸せな気分になるためにお酒を飲む人は、普段は不幸なの?


単にお酒を飲む人は不幸ではありません。
しかし、幸せになるために飲む人は、普段は不幸です。
幸せな気分を味わいたくて飲むんですからね。
そんな人は、「お酒を飲むのが生きがい」と言ってもいい人です。
反面、「できればやめたい」と思っているはずなんですが、お酒が切れてくると、精神的に追い詰められたり、震えなどの身体症状になって現れたりしてしまい、飲まざるを得ないのかもしれません。
そんな人は、マスターから見ると不幸に見えます。



◎「お酒を飲んで楽しくやりたい」と思うのは、普段の生活でストレスが溜まっているからです


ストレスが溜まっていない人は、わざわざお酒を飲もうと思いません。
子どもの思考だとストレスが溜まり、発散を目的として、「お酒を飲む」という悪循環におちいってしまいます。


「お酒を飲むと普段言えないことを言えるようになる」なんていうのがあります。
しかし、お酒を飲まないと言いたいことを言えないなら、それは子どもの思考だからです。
大人の思考になってしまえば、「言いたいこと」が変わり、お酒がなくても言えるようになるんです。
たとえば子どもの思考だと「あんたバカじゃない!いい加減にしてよ!」と言いたい気持ちが、大人の思考になると、「それもありね、まあいいじゃないの」となります。
後者ならお酒がなくても言えますよね。


それから、異性を口説くときもそうです。
子どもの思考だと、自分に自信がなかったり、仮に相手を口説こうとしたとき、口説ききれなかったことを自分の責任にするのが怖くて、そのストレスを少しでも回避するため、お酒をクッションにしようとします。


・パートナーとケンカすると飲みたくなる


・寂しくなると飲みたくなる


・楽しみを求めて飲みたくなる


・人と仲良くしたいと思うと飲みたくなる


・異性と仲良くしたくて飲みたくなる


・刺激を求めて飲みたくなる



お酒っていつも、「足りない部分・満たされない部分」を埋めるための、「痛み止め」的な役割として存在します。
しかし根本的な痛み止めにはなりませんから、「麻酔」のようなものかもしれません。


「その日にたまったストレスをその日の給料で発散する」・・・この悪循環が始まったら先は真っ暗です。
この状況から脱するには、ストレスを発散する方法ではなく、ストレスを溜めない方法を考えて実行するのが本質です。


人は、普段の生活でストレスが溜まっていなければ、あえてお酒を飲もうと思いません。
ストレスのない心は愛を発信することができ、愛を発信することができる人は、お酒を必要としないんです。


◎酔って「近所迷惑」で済んだ時代は終わりました


酔うと乱れる人はたくさんいます。
「乱れるために飲む」と言ってもいい人もいますしね。

昔のお酒は、家族や村という小さい単位の中でのトラブルだったからいいんです。
大声で騒いだり、暴力事件があっても、「またあいつ飲んで暴れてるよ」と、その集団の中で処理できましたよね。
車もありませんから交通事故もなく、電話もないですから電話で愚痴を言う人もいませんでした。
周囲はみんな「生まれたときからの知り合い」ですから、甘えもあってまだマシだったんです。
でも現代はどうでしょうか。

以下に続きます。


◎現代の飲酒は車で事故を起こしたり、繁華街で見知らぬ人とケンカをしたり、電話やメールで他人に迷惑をかけます



現代、時代は変わり、酔っ払いの男性がシラフの女性に電話をして、ダラダラとおしゃべりをしたりするわけですよ。
たとえば、マスターの知人のA子さん(かわいい女性です)なんか、以前働いていた会社の上司から、いまだに酔うと電話がかかってくるわけです。
上司は妻子持ちなんですけど、電話は、酔った帰りの徒歩の間なんだそうです。
これ、酔わないと電話ができない寂しいおじさんです。
マスターも中学時代、お酒を飲んでから女子の家に電話したことがありますが、心境はそれと同じなわけです。
中年男性が元部下の女性に酔って電話・・・これはダサいです。


メールも同じです。
酔うとやけにメールをする人もいますが、それはシラフでメールする勇気がないだけで、言ってみれば「薬物」に頼ってメールをしているわけです。
それから、車文化が発展すると、酔っているのに車を運転する人が必ず出てきます。
そして全く知らない他人をひいてしまったりして、大きな社会問題になるわけです。
泥酔している運転手は、記憶があいまいで、事故を起こしたことさえ覚えていないか、途切れ途切れの記憶だったりするわけですから、反省もできません。


また、繁華街で飲むと、その帰り、見知らぬ人とのケンカになることもあります。
酔った勢いで気が大きくなり、ケンカになるわけです。
マスターは高校時代、新宿の歌舞伎町というところでよく遊んでいましたが、やっぱり酔うといろいろあります。
特に集団だと気が大きくなってエスカレートしますから、周囲の人はとても迷惑だったと思います。


それから、女性の場合は妊娠の可能性も高くなります。
昔、村単位で飲み、家族のような知人同士が酔っていた時代は、たとえ飲んだ勢いで妊娠しても、周囲は「花子と太郎がやっちまったわい」と、余裕だったはずです。
しかし現代は、酔った勢いで、本名も知らない男性と肉体関係を持つ女性も後を絶ちません。
またさらに一歩進めば、泥酔して寝ている女性をレイプし、金目のものを盗んでしまう男性もいます(もちろん男性が被害に遭うこともあります)。



若い女性とお酒がからむ大きな事件としては、元柔道金メダリストの内柴君の実刑判決がありますが、他に、スーパーフリー事件や、慶応大学生の飲酒レイプ事件もマスターの記憶に残っています。
村社会だった時代にはありえないことですが、現代ではありえる事件です。
もちろんこんな事件は氷山の一角です。
現代は、酔った人の影響力は広範囲になり、大きな事件に発展します。
お茶を飲んでこんな事件にはなりませんし、ご飯を食べてもこんな事件は起こりません。
「人類はお酒にもてあそばれている・お酒は人類の手に負えない」、ということです。


「お酒と愛 5」に続きます。

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