脱輪から学べること
(読了目安4分)
レンタカーに乗った若者たちの話です。
たぶん学生の集まりで、運転手もまだ初心者だったと思います。
運転手が狭い坂道をバックで降りるとき、ハンドルの切り方を間違えたのか、「脱輪」して動けなくなってしまいました。
車体の下が地面についてしまい、車が傾き、ひとつのタイヤが浮いているような状態でした。
状況を知った大人たちがすぐに集まり、タイヤの下に板を入れ、ハンドルを切る向きを指示し、運転手には「左足でブレーキ、右足でアクセル、車が動きそうになったらゆっくりブレーキを離してごらん」、周囲の仲間たちには「そこに立ってると危ないよ!」などと助言し、無事に道路に復帰することができました。
よくある脱輪よりも派手な脱輪に見えたため、救援のための車両が必要かと思われましたが、その場にいた人たちが協力し数分で解決できました。
ただ、道路に復帰したあとも、運転手はハンドルを切る向きがわからず不安定な動きをしていて、周囲が声をかけて見守ることで、その状況が落ち着きました。
車の下の部分には傷が入りましたが、その他、誰もケガをすることなく、道路もほとんど無傷でした。
今後、この運転手は、仲間たちから「ヘタクソ・危険運転」などとからかわれるのかもしれませんが、実際この経験で運転手はなにを感じたんでしょうね。
消極的な人なら、「二度と運転しない」と思ったかもしれませんし、積極的な人なら、「もっと練習しないと」と思ったかもしれません。
後者ならきっと立派なドライバーになる気がします。
(全自動運転の時代もすぐそこまで来ていますが、その話はここでは触れません)
マスターはこの「脱輪劇」を見て、「これって人生と全く同じだなあ」と感じました。
若いころは、その「未経験さ」から、仕事でも人間関係でも、そして日常生活でも、いろいろなトラブルを体験します。
脱輪した車の若者グループで言えば、まず運転手が周囲の状況から危険を感じることができず、脱輪しました。
狭くて自信がない道を進むなら、運転手は仲間の誰かに車を降りてもらい、脱輪しないよう指示させてもよかったはずですから、それもできないほど未熟だったのかもしれません。
そして運転手の仲間たちも未熟ですよね。
運転の経験者がいれば、脱輪直前の危険な状況を感じて「ストップ!」と言えたはずです。
たまたま周囲に大人たちがいたおかげで、若者たちは、最小限の労力で脱輪から復帰できましたが、もし周囲の助けがなかったら、運転手も仲間たちも動揺し、状況は悪化していた可能性もあります。
ハンドルを切る向きを間違えたり、アクセルの踏み方を間違えたりしても状況は悪化しますし、最悪なのは、車の後ろに人が立って車を持ち上げようとした瞬間、車が勢いよく下がってしまうような状況です。
大人たちが「そこにいると危ないよ!」と助言をすることで、危険な状況にはならずに済みましたが、若者だけだったら、どうなっていたかわかりません。
人生の中で起こるトラブルも、多くは「経験不足」が原因です。
そしてたいていの場合、若者は周囲の大人の助言を聞かず、状況は深刻化していきます。
実際、マスター自身の人生もそうでしたし、みなさんもきっと「周囲の大人の助言は正しかったなあ」と過去を振り返った経験がありますよね。
ある程度の経験を積んだ人でもトラブルはなくなりませんから、若者がトラブルを起こすのは仕方ないことです。
ただ、もし周囲に自分よりも経験のある「先人」がいるなら、その人の助言も聞いてみてください。
きっと同年代の仲間たちだけで考えるよりも、本質的で効率的な解決策に近づけると思います。
もちろん先人の言葉が常に正しいわけではないですよ。
特にストレスまみれの先人は、自分たちの考えが間違えているからストレスまみれなんです。
また、若い世代の挑戦や新しい発想が未来を変えていくというのも事実です。
先人たちを妄信せず、自分たちを過信せず、「バランス」を大切にしてください。
いずれにしても、それをどう吸収するかは別として、人生の先輩たちの助言を聞く価値は充分にあると思います。
以上、若者たちの「脱輪」を見てマスターが感じたことでした。
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