「ニセモノの神を排除する」とは
(読了目安8分)
人類は日々「ニセモノの神」を排除しながら歴史を刻んでいます。
「神」「悪魔」「霊」「大いなるもの」など、違う存在の意思による仕業だと思われていたことが、実はそうではなかったとわかったとき、人類は「ニセモノの神」をひとつ排除したことになります。
「ニセモノの神を排除する」とは「本物の神に近づく」ということです。
「本質に近づく」
「愛に近づく」
と言うこともできます。
人類はニセモノの神を排除し続け、少しずつ「本物の神」に近づくわけです。
「神」と書くと怪しく感じるかもしれませんが、表現を変えると、神とはあなた自身のことです。
神はあなた自身であり、あなたの中にある愛とも言えます。
今後「宗教」の話でも触れるつもりですが、「神」とは「人間(あなた)」であることについては、以前も書きましたね。
たとえば昔、以下のようなことを言う人がいたとします。
「私は馬より速く移動する」
「私は空を飛ぶ」
「私は月に行く」
「私は地球の裏側の人と話す」
「私は太陽が沈んでも部屋を明るくする」
「私は空気の温度を自由に上下させる」
さて、あなたが1000年前にこんなことを言ったら、周囲はなんと言うでしょうか。
おそらくこうです。
「絶対に無理」
「神にしかできない」
「神をバカにしている」
「気が狂ったか」
このように言われ、場合によっては異常者扱いされたあげく処刑されてもおかしくありませんでした。
しかし人間は、
車を発明し、
飛行機を発明し、
ロケットを発明し、
スマホを発明し、
照明器具を発明し、
エアコンを発明し、
過去の「神にしかできないこと」を実現しています。
ざっくり書くと、1000年前の人類から見た神はみなさんのことであり、同じように、現代人が「絶対にムリ・神にしかできない」と言って笑い飛ばし、バカにし、批判するようなことも、みなさんの子孫たちは当然のように「実現」していくわけです。
ですから、現代人から見た「神」は、マスターやみなさんの子孫たちです。つまり、人間が神なんです。
※余談で、以下マジックショップの動画を見てみてください。
中には1000年前でも用意できそうな仕掛けのマジックもあります。
現代人にとっては娯楽ですが、昔の人が見たら、「神しかできない」と言う人がいてもおかしくないですよね。
※マジックショップMのサイト
http://www.magicshopm.com/index.htm
◎神は人間の未熟さが生み出すもの
自分が大人になってしまうと、「頼れる人」がいなくなってしまいます。
そこで、いつまでも子供でいたい大人たちは、自分より強大な力を持った頼れる存在として「神」を作り上げました。
そしてなにか問題が起こると、「神」に祈り、助けを求めるわけです。
人類が「神」を必要とするのは、
「大きな力に甘えていたいから」
「自立するのが怖いから」
「人類として自立する覚悟がないから」
などと言えるかもしれません。
「神の怒りだ!」と、太陽が月に隠れる「皆既日食」に怯えるのも、「悪魔に馬乗りにされた!」と「金縛り」に怯えるのも、本質を知らなかった時代の、人類の無知が原因です。
「神は、大人になりたくない人たちによって作り上げられた」、と言ってもいいかもしれません。
言ってみれば、人間の未熟さが形になったものです。
たとえば「地球の裏側の人と話がしたい」と願ったとき、「地球の裏側の人と話せますように」と、3年間、その場でただ神に祈り続けるグループがいたとします。
一方で、
物理・数学・化学・航空力学などをとことん研究し、通信網や飛行機を作ろうとするグループがいたとします。
前者と後者では、どちらが願いを達成できる確率が高いか、考えるまでもありません。
本質を探究し、通信や飛行機の研究を続けたグループ、つまり、不思議なことや疑問を探究し、「ニセモノの神」を排除する努力を続けたグループが、スマホや飛行機を開発しました。
そして「祈るだけのグループ」にも使わせてあげるわけです。
祈るだけのグループは、「探求者」という「神」の愛に救われたわけです。
ですから、「長く愛されたい」と願うときも、ただ祈るだけの人と、愛を探求する人では、どちらが長く愛されるか・・・答えは明白ですよね。
◎「ニセモノの神を排除する」とは
繰り返しますが、「ニセモノの神を排除する」とは、「本物の神に近づく」ということです。
そして、「神」はあなた自身ですから、ニセモノの神を排除し続ける努力を続けるということは、
「あなたがあなたになる」
「あなたがあなたとして自立する」
「自分とはなにか発見する」
「自分の中にある愛を見つける」
などと言い換えることもできます。
ニセモノの神を排除することは、あなたがあなたになるために、そしてあなたが愛に近づくために、とても大切なことなんです。
さて、過去、このnoteで紹介した内容をいくつか思い出してみましょう。
理解してしまえば「ニセモノの神を排除した」と言えます。
・心霊写真やミステリーサークルの仕組みがわかったとき、神や宇宙人、未知の存在が排除されました。
・死者と交信できる霊能者数百人に、「死者が生前に残した暗号」について尋ねたところ、死者からの暗号を伝えられる霊能者は一人もいませんでした。
・「クリスタルパワー・透視能力・スプーン曲げ」などは、人間の心理や物理などで説明できるものでした。
・止まった時計を、ある一定の確率で動かすことは、だれにでもできることでした。
・電池を握ると一時的に機能が復活するのは、あの世の不思議なパワーではなく、摩擦や体温で電池が暖まることによる化学反応でした。
・「こっくりさん」の例では、
1)目を閉じると10円玉が迷走する
2)当事者が知らない情報だと10円玉が迷走する
3)視線がわかる装置をつけると、10円玉が動く前に次の文字を見ているなどの結果が出ました。
・「憑依・神がかり・狐憑き」などは、脳の異常や解離性同一性障害で説明できるものがほとんどでした。
・神がかり的な能力は「サヴァン症候群」で説明できるものもありました。
・幻覚や幻聴は、脳の変性意識状態で説明できました。
・古文書にあるような「白い龍」は、人間が変性意識状態で見る光の柱の一種でした。
・晴れ女や雨女は、ロケットの打ち上げ現場や水が欲しい畑に行くと、急に力を発揮できなくなりました。
・近年まで「悪魔祓い」でしか対応できなかった病気に「抗NMDA受容体脳炎」という病名がつき、治療が可能になってきました。
・現在の人類の科学で説明できないものは、神の存在の証明にはならず、人類の未熟さの証明でした。
(1000年前の科学ではスマホの仕組みは説明できませんが、神の存在の証明にはなりません)
以上です。
これまでにマスターが書いた例はごく一部ですが、「ニセモノの神」を排除し続け、本物の神に近づいてください。
◎パラダイムシフトと呼ぶこともできる
「パラダイムシフト」とは「ヤフー辞書」によると以下のような説明があります。
「ある時代・集団を支配する考え方が、非連続的・劇的に変化すること。社会の規範や価値観が変わること」
本来の意味から解釈の幅を広げることになりますが、マスターは、「ニセモノの神を排除すること」を「パラダイムシフト」と呼んでもいいと思います。
ニセモノの神の排除の後は、人の価値観が大きく変わるからです。
人類のパラダイムシフトの代表的なもののひとつが、「天動説(地球は止まっているという考え方)」から「地動説(地球は動いているという考え方)」への転換だと言われています。
500年前、地動説を唱えると「おかしい人」でした。
そして今は逆に、天動説を唱えると「おかしい人」です。
人類のほぼ全員の考え方が、数百年の間に180度変わってしまったわけです。
「地動説」を唱えたコペルニクスの後、ガリレオによってさらに地動説が強く台頭すると、地動説を唱えるガリレオは、国(キリスト教に支配されていた時代の国家)から「異端者」とされ、裁判を受けます。
そこで「地動説を唱えてはならない」という判決が下り、誓約書を書かされたそうです。
ただ、これには以下の後日談があります。
※ガリレオ裁判後日談
現代、キリスト教は、地動説を認めています。
ウィキペディアによると、ローマ教皇庁・カトリックが、「地動説」を認め、当時の地動説にまつわるガリレオ裁判が不当だったと表明したのは
1992年のことだそうです・・・ガリレオの死後359年でした。
過去、「地球は宇宙の中心で、動いていない」という主張のもとに人を裁き、時には異端者を処刑してきたキリスト教が、間違いを認めたわけです。
天動説というニセモノの神はついに排除され、人類は本物の神に近づきました。
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みなさんは、脈拍数を測るとき、手首を軽く押さえて数を数えることってありませんか?
次回、その「脈」を止める話を、「例え話」と「実話」の2つの視点から書いてみます。
もし、手首を軽く押さえたときに脈がなかったら、ちょっと怖いですよね。
種明かしを聞いてしまえばなんてことはない話なんですが、受け止め方によって大きく変わります。
一部の人の中で流行のアーユルベーダやヨガなど、昔の文献の信憑性について考えるときにも役に立つと思います。
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