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無糖の珈琲が主食の貴方へ

一ヶ月の間、一緒に居ただけだった。


貴方は土手が好きで日が落ちる前に豚のオブジェに寝転び、夕焼けを見る事が好きだった。

ブランコを占領していた子供が帰るとブランコをゆっくりと漕ぎ、夜になると星を見ていた。

残念ながら満天の星空が見える様な土地では無い。
それでも夜空を見渡し、星を指差して微笑む貴方は楽しそうだった。


貴方は食事をしないので、料理が作れないのだと勝手に決めつけていた。

「料理を作った事が無いけれど、作るしかないね」
そう言うと貴方は手際良く包丁で食材を切り、美味しそうなご飯を作っていた。

『食べないの?』その言葉に
「食事をした事が無い」と返し、
『食べてみなよ』と言われて

初めて食事をした。

「これが美味しいのか、私には分からない」
『美味しいよ、初めてとは全く思えない』

貴方に食事は合わなかった様だ。


貴方はとても自由人だった。

「煙草を吸ってみたい」
その言葉に僕は困惑した。

僕は酷い嗅覚過敏で煙草の臭いはとても苦手だ。
出来れば諦めて欲しいと言った。

「臭いは残さないから吸ってみたい」
強い意志に負け、良いよと返した。


誰にも気付かれない事を条件に。



貴方は初めて煙草を吸った。
美味しいのか聴くと
「美味しいのかは分からない、ホッとする」

吸い終わるとマウスウォッシュをして歯を磨き、着ていた服をビニール袋に密閉してシャワーを浴びた。

煙草の臭いは全くしなかった。
完全犯罪の瞬間を見た気分だった。


貴方は他の人とも会話がしてみたいと言った。
交流は苦手分野だと思った。

僕が通院している整骨院に初めて行った。

先生達は僕の知り合いで、困る事はそう無いだろうと思った。


『最近何かありました?』


院長が聴いたので貴方は
「煙草を初めて吸いました」と答えた。



数日後、院長の一言で状況が変わった。



『煙草吸ってますか?』
一緒に住む主人格に言ってしまったのだ。
主人格は同居しているパートナーに貴方が煙草を吸っている事を言った。

主人格は煙草を探そうとした。


すぐに「これを探しているの?」とパートナーは言った。


貴方はとても残念そうだった。
楽しみを一つ奪われたのだ。

僕は何も助けてあげられなかった。


未だにパートナーは『煙草は嫌だった』と言っている。


貴方はアンパンマンを見る機会があった。
オープニングの歌詞に注目していた。

【なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのはいやだ】

「私はなんのために生まれてきたのだろう」
そう言う貴方に僕は
何かが必要だったから生まれたんだよ
としか言えなかった。

今では思う。
僕の為に生まれてきてくれたのではないかと。
僕には出来ない【自由に生きる】という事をしてくれていたのではないか、と。


貴方は無糖の珈琲が好きだった。
飲み物は水しか飲まなく、食事をしない人だと思った。

僕が飲んでいた珈琲を飲み、
「この飲み物は好みだ」と笑った。

失礼ながら「嘘の笑いでは無く本当に笑える人なのか」とその時気付いた。


貴方が僕の前に現れなくなって三ヶ月が経った。
今でも貴方の面影を探す事がある。

最初こそ家で無糖の珈琲を飲んでいたが、とても苦く感じたので買う事をやめた。

貴方の真似をして煙草を買ってしまおうかと考えたけれど、買っても怒られるしきっと臭いはこれからも苦手だと思う。


ここまで綴っておいてなんだが、僕は貴方に会いたいと思ってはいけない。

強く願えば願う程、周りに迷惑をかけてしまうから。



それでも雨音しか聴こえない中、ベランダで煙草を吸う貴方と話した日を忘れられないんだ。