にほひ
これもAさんの体験なんですが。
東日本大震災の後、建物の耐震基準が改訂され、それに伴ってあちこちで耐震補強工事が行われましたけれど。
分かり易い所では高速道路や車が往来する橋などの橋脚の補強だったり、なんてゆうのは誰しも見かけたことはあるんじゃありませんかね。
Aさんは東京都内某区の公営住宅の補強工事に携わったんだそうで。
公営住宅と言いましても地上15階建てで、1世帯あたりの広さはさほどでも無いにしろ、それでも1フロアあたり8世帯が住んでいると言いますから、なかなかの高層ビル。
それも急遽行われる事になった為、住人の皆様が居住されたまま、工事がおこなわれたんだそうな。
中で、9階の真ん中辺りに気になる部屋がありまして。
徒歩2~3分程の近所に墓所を併設したお寺さんがあるせいかもしれませんが、鳩やカラスがけっこう飛び交っておりまして、そのフンが窓やベランダの手摺なんかにやたらと付着しとるんですが、他のお宅は気付いたらすぐに処理されるらしくそれでも綺麗にはなってますけど、その部屋だけは窓と言わずベランダの手摺と言わず付着し放題で乾燥して固まってしまってましてね。
何よりも人気(ひとけ)が無い。
家具やら段ボール箱が堆く積み上げられて、まるで外界からの干渉を一切拒絶するかのように部屋の中が見えなくなっておりまして。
この窓というのがちょっとした出窓になってましてそこに粉ミルクの缶がポツンと置かれますが、その缶にういた錆びから察するに、少なくとも数年単位でその部屋は放置されているのであろう事が容易に想像できた、と言います。
で、昼間は気温の関係もあってその部屋周りだけは鳥のフン特有の臭気が蔓延しとるんだそうですが、陽が落ちて気温が下がって参りますとその臭気が何とも陰鬱な気分にさせる独特な臭いに変わるんだそうです。
即答で何の臭いとは言えませんし、悪臭と一言で済ませるのもちょっと憚られる、とにかく独特な臭い。
でも、Aさんにはその独特な臭気を過去にも嗅いだ記憶があった、と言います。
そして丸一日、自分の記憶を引っ張り出してとうとうその臭いの正体に思い当たった時、Aさんは確信したんだそうです。
あの部屋が無人だなんてとんでもない!
どんな状態であれ、あの部屋の住人はず~っとあそこに居るんだ、と。
その臭い……火葬場で“焼き終えた”遺体から放たれる、所謂『遺灰』のにおいだったんです。