美と品格の圧倒的な差
年が明けまして一週間。今年は、昨年のような年明けから災害や大きな事故が起きる事も無く、全体的には穏やかなスタートとなった訳ですけれど。
そんな中で私が度肝を抜かれましたのは三日付の朝刊の一面を飾りました写真でありましてね。
新聞は元日が休刊日ですので二日の配達がありませんで、つまり元日に起きた出来事は三日付の紙面にて報じられます。
その写真とは、元日に皇居で行われた新年祝賀の儀での一コマでありまして、白いドレスにティアラという正装の愛子様と佳子様が同じ画角に入っておられる1枚。
何と言いますか、同じ正装姿でありながら見映えが「こうも違うか!」と。
穏やかな微笑みをたたえられたプリンセスとネズミ男(byゲゲゲの鬼太郎)という構図。
……どなたがどうだ、とは申しませんがね。
片や、その美形と華やかさは衆目の一致するところでありますし、身につけておられる正装も頭のテッペンからつま先まで特注品であります。
しかしそうでありながら、ティアラは叔母様である黒田清子さんからお借りした物で、ドレスとてこの日の為の特別あつらえという訳でもありますまい愛子様と、見映えの点で圧倒的な差がついているのは何故なんでしょう?
ここで“オーラ”なんて陳腐な表現は適当では無いんでしょう。
品格が違う!
結局の処、いかに身に着けている物が上等であろうと、容姿が造形的に整っていようと、最終的に見映えを決めるのはその人の内面から自然と滲み出て来る“品性”であって、その品性を身に纏った立ち姿こそが【品格】なんですわね。
そら~、「国民が経済的に大変なときに贅沢なんか出来ません」と質素倹約を旨として暮らしておられる御両親を見習って御自身も庶民的なお召し物を愛用なさっておられる方と、自宅の改修工事に多額の費用をかけたまではともかく、何が気に入らんのかそこには住まず親御さんと別居を決め込んどるワガママ娘で、尚且つお姉さんの結婚云々の際には一緒になって国民に罵詈雑言を浴びせた揚げ句「早く皇族を抜けたい」とまで言っときながら今はどうなんだ?と。
そのワガママと贅沢の原資は、その国民が納めた税金なんですが?と。
ね?お二方の品格が段違いなのも頷けましょ?!
悪口の一つに『美人(なの)を鼻に掛けて』というのがありますけれど、では美人とは何ぞや?
一般的にはお顔が美しい事を指しますが、じゃあ造形的に均整がとれていれば美人かと言いますと、私は違うと思います。
顔には“顔立ち”と“顔つき”というのがありまして、顔立ちとは造形的なもので、顔つきとは内面性の発露であります。
『目は口ほどに物を言う』という言葉は“目つき”の事を指しますが、つまり何を考えどう感じているかは目つきを見れば明らかに分かる、という意味です。
人間とそれを模した蝋人形は造形的に限りなく似ていますが、さりとて完全一致とは感じられない、どこかに違和感が残る。
人間の顔の中には表情筋という筋肉があって文字通り人間の表情を形成している訳ですが、どうやらこの表情筋、形状記憶機能が備わっているようで、普段からニコニコ穏やかに暮らしている人は無意識に微笑みを浮かべておりますし、普段から何かにつけてイライラしている人は無意識に不機嫌な印象を振り撒いている。
つまり、日頃から不平不満ばかりを抱き、国民に罵詈雑言を浴びせている人は“そういう顔つき”にしかならんのです。
美しい訳が無い!