廃病院の怪異・外伝

 本編では主に“音”についてフォーカスを当てた訳ですが、実は音以外にも不可思議な事が起きて居りましてね。

 解体工事が進み地面が近くなると幹線道路への瓦礫や粉塵の飛散が問題となります。
 ダンプを出入りさせるゲートは幹線道路に面して設置せざるを得なかったものですから、その隙間から道路面に飛び出してしまっては一般車輌や歩行者さんに迷惑がかかります。
 もっと上の階の時はゲートの上端より一段高い所でシートを折り込み、ベニア板や足場板で補強していたんですが、ゲート近くの三階辺りからはその手も使えない。
 そこでゲートの内側をシートでガッチリ固める事になったのですが、車の出入りを確保する為にカーテン状の可動式にする必要がありましてね。
 ゲートの高さが4メートルあります。長さが6メートル程。使用するシートは横1.8メートルタテ5.1メートルで、騒音対策も兼ねた特殊仕様の物ですんで一枚辺りの重さが約20kgもあります。
 これを左右開きのカーテン状にするにはカーテンレール代わりのピンッと張り詰めたワイヤーから吊り下げ、少人数で迅速に開閉させる為にシート一枚につき一本づつガイドロープを付けて順序良く引っ張る事にしたんです。シートは左三枚、右三枚の計6枚ですからガイドロープも6本。
 そこで順番を間違えないように、ガイドロープの下端にカラーテープをグルグル巻きにして色分けしておこう、と。

 一階部分に“百人乗っても大丈夫”でお馴染みの、あの物置小屋が置いてあって資機材倉庫として使っていたんですが、そこにビニール製のカラーテープも入っていて見てみると5色。
 一色足らんのです。
 ……まぁ、後になって考え直すと、無理に6色にせんでも左右に同じ配色の3色で事足りるんですが、その時は6色に異常なこだわりがあったんです。何故か、ね。
 本当は物置小屋には6色のカラーテープがあったんですが、1色だけは紙製で、濡れや汚れ、ましてや握ったり引っ張ったりと激しく動かしますから全てに弱い紙テープだけは使えない訳です。

 なのでAさんは紙テープだけをわざわざ棚の一番遠い場所へ離し、5色のビニールテープだけを掴んでガイドロープの所へ戻ったんです。
 テープを一色づつ巻いていく。二色目、三色目……五色目。もう手の中にテープは無い筈なんですよ。
 5色しかビニールテープが無かったんだから!
 ……でもね、Aさんの手の中にはもう一色のテープが残ってた。
 紙のやつが。

 「嘘だろ?」

 茫然としながら物置小屋に戻った。
 棚の、わざと離して置いた位置に紙テープが無い。ま、彼の手の中にあるんだから無いのは当然として、間違って持って行かないように『わざと離して置いた』物が、何故知らないうちに彼の手の中にあるのか?

 実は建物の上物を完全に壊しきるまで、このビニール製カラーテープは何度か巻き直されているんです。雨に濡れたり、色が分からない程汚れたり、千切れたりして。
 でも何度も巻き直す、その度に例の紙テープは毎回、Aさんの手の中に紛れ込んでいたそうです。

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