警察庁副長官④

 その夜。
 神主は都内某所のファミレスで場違いなほどカチッとしたビジネススーツと威厳に満ちたオーラをまとった女性と会っていた。
 肩と胸の中間辺りまで伸びた黒髪ストレートで表情に険が無く、一見すると柔らかな印象を与えるが半径1m以内に近付くと得体の知れない重力を味わう事になる女。
 浅見涼子は財務官僚で、政権与党の総裁選後に予定されている新内閣発足に併せて行われる人事異動に於いて次期事務次官に最も近い人物とされている。実現すれば前身の大蔵省からを含めても史上初の女性事務次官誕生となり、それに“史上最年少”の称号も付いて来る。
 神主とは事実上の夫婦状態にあるが、互いに仕事へののめり込みが過ぎて月単位でも年単位でも生活を共にする事はおろか顔を合わせる事でさえ数える程しかない。
 そんな希少な機会の今でさえ、互いに懐にしのばせたスマートフォンへ意識の半分はいっている。
 “事実上の”というのは現行の法律上結婚という形を取ると苗字を変えねばならず、それは仕事をする上で面倒事が多いばかりでメリットが見当たらなかった為にその形を取らなかったという事。
 しかしそうした形式でさえ、涼子の出世がメディアに注目されるようになった今、スキャンダル(醜聞)扱いされる懸念が出て来て、出世にも生活にも悪影響にしかならなくなりつつあった。

 「ねぇ、あの娘、彼女?」
 「あ?」
 「三つ後ろの席からこっち睨みつけてるんだけど」
 神主が振り返ると、涼子が言った席に美沙子が居て、嘘丸出しな平静を装った表情でチラチラとこちらを窺っているのが見えた。
 「秘書だよ」
 「ふーん。それにしては鬼の形相で睨んで来てるけど」
 「目と性格が悪いから仕方ないんだよ」
 「可哀想な言われようね」
 「だってな。始めからオレはチェーンスモーカーだって分かってたのに、だよ。そのオレにタバコ止めろって2分に1回は言うんだぜ?性格悪い以外に有り得ないだろ?!」
 「それはアナタの健康を気遣ってるからじゃない?」
 「違うね。アイツはタバコを吸わない。むしろ嫌煙権論者なんだ。副流煙を吸わされたく無いんだよ。オレが車ン中でタバコを吸い始めると“秒”で空気清浄機のスイッチ入れやがるからな」
 「……ねぇ、そんなに嫌うならなんでコンビ組んでるわけ?」
 「コンビって……人をお笑い芸人みたいに言うなよ」
 二人から三つ後ろの席で、涼子と同じくビジネススーツに身を固めた……激務で多少ヨレてはいるが……中学校のバレーボール部の女子部員を思わせるショートヘアの美沙子は、隠しようのない苛立ちをオーラに乗せて、上司の背中を睨み付けていた。
 「あれは……恋する女の目ね」
 涼子は愉快そうに微笑んだ。
 「フォーチュンクッキーみたいに言うなよ」

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