警察庁副長官⑨
警察庁職員用官舎の門前に黒のランドクルーザーが止まった。
それを待ち構えたかのように美沙子が小走りで喜色満面の表情で駆け寄って来る。
「一週間の休暇、ありがとうございました」
神主は涼子と会った翌日から美沙子に一週間の休暇を与え、事件の一連から外すようにしていた。
それは危険回避の為と同時に、解決への畳み掛けのタイミングで例えば皆川一家の組員等に付けいる隙を与えたくなかったのもある。何より美沙子を危険に晒すのは本意ではない。
「乗れ」
レイバンのサングラスをかけた運転席の神主は、運転を代わろうと立ち尽くしている美沙子にアゴでしゃくって助手席を示した。
助手席の朝刊には一面で板橋資産家夫婦殺害事件の主犯が捕まり、全面解決を遂げた事が報じられていた。
「あの、このタイミングで言うのも何なんですが」
「何だよ?」
「警察庁副長官というお立場の方がサングラスに咥えタバコで車を運転するというのは如何なものか?と」
神主は本音レベルでカチンと来ていた。
「警察庁副長官がサングラスかけちゃいかんという服務規程でもあるのかね?」
「無いです」
「警察庁副長官がタバコ吸っちゃいかんという規定は?」
「無いです」
「じゃあ警察庁副長官が車を運転し、なおかつ助手席に秘書を乗っけちゃいかん、などという規定は?」
「……無いです」
「じゃあ問題無かろうがよ!」
美沙子は首をすくめて気まずそうにしていたが、話題を変えようと新聞を示した。
「じゃあこれ、アナタが解決したんですよね?」
「アナタは止めろよ!気色悪いから」
「じゃあどうお呼びすれば良いのですか?」
「え?そうだな“大将”でいいんじゃねェーの」
「大将?」
「やーさん連中はそう呼んでくれてるよ」
「では、この事件、解決したのは大将ですよね?」
「あのな……事件ってのは誰が?じゃなく解決した事自体を喜びなさいよ。それでいいだろうよ!」
そう言われると美沙子にしても二の句が継げなかった。
しかし事件解決を報じる記事の横に、新内閣の発足とそれに伴う財務省人事で涼子が女性初の財務事務次官に就任した事が報じられている。
「奥様、ですよね?」
「おぅ」
「おめでとうございます」
「ま、オレには関係無い事だな」
「……冷たいんですね」
「彼女が出世したのは彼女が頑張った結果。オレは何も関与しとらんし」
「御夫婦、なんですよね?」
「どうなんだろうな。日本の法的手続きで言えば夫婦とは言えないかもしれん。じゃあ心でつながっているか?と言われても『夫婦です。ベッタリ~』な関係でも無い。一番しっくりくるのは盟友とか戦友とかって表現かもしれんな」
美沙子は納得がいったようないかないような複雑な表情で新聞に目を落としていた。
「お前さ、まがりなりにも警官なんだから素人に顔色で心理バレバレになるのだけは何とかしろよ!」
いつの、どんなシチュエーションでそうだったかを神主は敢えて言及しなかった。
「お祝いのディナーとかご用意されないんですか?」
「昇進祝いか?……相撲取りじゃあるまいし。それによ、ディナーって面じゃない事ぐらい自覚してるって!」
「そんな事無いと思います!!」
神主はいつになく気色ばんだ美沙子を一瞬驚いて見ると、すぐに顔を逸らしはにかんでいた。
(了)