老舗ショッピングモールの怪

 例によって建設業・Aさんのお話で。
 Aさんが初めて携帯電話を手にしましたのが28歳の頃だったそうで。
 秋葉原の携帯ショップで購入しましたのが土曜日の午後で、週が明けて月曜日に赴きましたのが東京駅の前……ま、これ以上は今も営業中ですのでボヤかしますけれど……にございます老舗ショッピングモールの建て替え工事の現場。
 とは言え新築工事が本業の彼からしますと畑違いの解体工事中の現場だったもんですから居辛い事この上無かった、と言います。
 工事責任者からたってのご指名という事で、日がな一日現場監督の助手みたいな事をさせられ、それだって彼にとってはいつもと勝手が違う作業内容には違いない。

 事が起こったのは、一日の仕事も終わろうかという午後4時を過ぎた頃。
 廃材をエレベーターホールに集めてまとめる作業をしておりました時、電源も落とされて固く閉められたエレベーターのドアに「ん?」となった。
 濃紺色の無地。鏡面仕上げの塗装が施されたそのドアに黄色くて丸い光、まるで白熱灯が灯す灯りのようなものがポッと反射している。
 「なんで?」
 Aさん、思わず呟いた。
 駅に面した所には重機で粉砕したガラ屑や煙が道行く車や人にかからないように防護パネルが張り巡らされておりまして、その為に建物内部は真っ暗になりますのでまだLEDなんて無い時分の事、白熱灯が数珠繋ぎになっております通称“スズラン”が取り付けられております。
 しかしエレベーターの対面と言いますのはそちらとは真裏の位置、さしずめドーナツの中央にくり抜かれた空洞のような場所でありまして窓から自然光が入って来ますからスズランは必要が無い。
 従ってエレベーターのドアにそんな光が当たる筈は無い。
 ……まぁ、その時は首を傾げて終わったんでありますが……

 「Aさーん、そろそろ上がりにしましょうや!」
 遠くの方で若い現場監督の声がします。
 工事現場で“上がり”と言えば午後5時の事(当時)。
 おおもうそんな時間かとホッと一息ついた刹那、Aさんの胸ポケットに差し込んでおりました携帯電話が、

 ブーッブーッブーッ
 
とバイブレーション致します。
 マナーモードという奴で、時間的には会社から明日行く現場を知らせる業務連絡が入ったのだ、と思った。
 実はAさん、携帯電話を購入してから電話番号を会社と2~3の仕事仲間にしか教えて無かったもんで、電話がかかって来たのはこれが始めてでありまして、ホクホク笑顔で胸ポケットから携帯電話を引き抜きますというと画面を見たその瞬間にギョッとした。

 真っ暗なんです。
 相手方の電話番号どころか待ち受け画面の時計、いやそもそも何処の何のボタンを押しても何の反応も無い。
 何かの拍子で電源が落ちたのじゃあないか、そう思って電源ボタンを長押ししてみるんですが、じゃあさっきのバイブは何なんだ?と。

 帰宅途中に秋葉原で下車しまして、買い求めた携帯ショップに持ち込む訳ですが、
 「ホコリの多く舞ってる現場だったからバッテリーボックスにホコリが入ったのかね」 
 「いや、綺麗なモンですよ」
 しかし電源が入らないのは事実で、奇妙なのは店内にある別のバッテリーパックに交換してみても、やはり電源は入らない。
 店員さんが三人がかりであれやこれやするものの“文殊の知恵”とはいかなかったそうで。
 結局、買って間もなくであった事もあり無償交換となりまして、しかしAさんの最初の機種はかなりの人気モデルだったようでお店に在庫がありません。止む無く別の機種と交換せざるを得なくなりましてね。

 それから3~4日後の事だったと言います。
 Aさん、その日は自分が頭を務めている現場の屋上に一人で作業をしておりました。
 午後の作業のとっかかりに着信がありまして、実家の母親からのもの。
 要件自体は他愛も無いものでしたが、途中でお母さんが妙な事を言い出した。
 「お前、風呂にでも入ってるのかい?」
 「何言ってんだよ。今は仕事中で屋上に居る。外みたいなもんだ」
 「そうかい。いや、お前の声がグワングワンしていて、それに何だかシュワシュワ言ってて聞き辛いったらないんだよ」
 「グワングワンにシュワシュワ?なんだそれ?」
と思った刹那、Aさんの耳にもシュワシュワと、まるでスプレー缶のシェービングフォームを耳元で噴射させたような音が、それも次第次第に大音量となって、ついには電話の向こうのお母さんの声が完全にかき消されてしまうほどだったそうで。

 それから2週間ほどたった頃、例の現場の責任者から連絡が入ります。
 「Aさん、あれから何も無いかい?」
 「ええ、あの日携帯電話がおシャカになった以外は特に…………何かあったんですか?」
 「いやね、今、地下を壊してんだけど、柱の中から出ちゃってさ」
 「出たって…何が?」 
 「人骨だよ、人骨。それも11本の柱から1体づつ」
 「じ、十一人の…」
 「“人柱”って事になるのかねぇ」
 責任者さんの深いため息が耳に残った……そんなお話。

 


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