抜け荷
その昔、三ヶ月間だけ“超”がつく程零細のアクリル板工場に勤めた事がありましてね。
試用期間が明けるその寸前でニキビより簡単に会社が潰れちゃったんで三ヶ月間だけになったんですが。
実際に製品であるアクリル板を作るのはバングラデシュ人の女の子たちで、私はそれ以外の所謂“内勤”というやつで。
朝7時に出勤しますというとその日出荷します製品の出荷前検査を行いましてそのデータシートを作ります。
それが終わりますと製品を段ボール箱に梱包し、荷札を貼って宅配業者を呼んで発送。
それが終わりますと事務所でメールや電話を使っての顧客対応をしつつ、製品や取引管理にまつわる雑多な事務作業。
とにかく零細企業ですから一人何役もこなさなくちゃならない。
ある土曜日の夕方。午後5時を過ぎた頃に電話がありまして、メインの取引先の韓国支社の支社長さんからのもので。
「明日の正午までにこっちへ製品を送って欲しいんだが」
と。
そこの支社へは通常本社へ一度送って、それから船便で出荷してましたんで正規のルートでは到底間に合わない。
「いや、それは……」
こっちが『無理です』の言葉を濁してますと支社長さんが、
「直接こっちへ送れとは言わんよ。ウチの人間を成田(空港)まで行かすからソイツの手に渡るようにしてくれればいいんだ」
と、随分譲歩してくれたかのような口振りでおっしゃる。
でもそれはそれで厄介で、ウチが出荷で使ってるのは宅配業者です。宅配業者ってのは“お宅に送り届けます”だから、個人に直に送り届けるってなるとこれは“人配業者”になりますんでね。
いつも来て貰ってるドライバーさんに一応聞いてみても「個人に届けるっていうのは……」なんて案の定な返事。
こうなりゃってんで、付き合いの無い運送会社さんにまで手を広げて電話で問い合わせたり、各社のホームページを読みあさったりしてみますがどうにも手詰まり。
最後に、これで打つ手が無ければ支社長さんにギブアップ宣言しよう、という思いで付き合いのある宅配業者のお客様センターに電話をかけた。
最初は「それはちょっと……」ってなツレない返事だったんですが、こっちが粘っていると、
「成田空港には当社の手荷物カウンターがありますから、手荷物だったらそのセンターへ送って頂いて先様の手にお渡しするというのも可能なんですけど」
と、電話の向こうのお姉さんがおっしゃる。
……よく漫画やアニメで、閃いた瞬間に頭の上に電球が光ってる描写がありますよね?まさにアレです。
「ちょっと待って。その“手荷物”って規定があるのかしら?……例えばサイズや“重さ〇㎏まで”とか段ボール箱だと何箱まで、とか」
「そういった規定は……特にありませんねェ」
「それだーッ!」思わず声が出ましたわね。
まさに、麻雀最強戦最終局で2連覇のかかる瀬戸熊直樹プロが大逆転の裏ドラをめくった時の心境です。
「じ、じゃあさ、銃火器みたいに出国審査に引っ掛かるような物じゃなくて、段ボール箱五箱で総重量100㎏ぐらいの物でも手荷物扱いになる訳だね?」
「そう……なりますね」
そっからは荷札に何をどう書いたら良いかを教えて貰って急いで印刷し、馴染みのドライバーさんに「すぐに来てくれ!」と。
ドライバーさんもビックリした顔で、
「そんな事、出来るンすか?」
「お宅のお客様センターが出来るって言ってるんだから大丈夫だ。大急ぎで頼んだよ!」
まぁ、今はこの手が使えるかは分かりません。下手をしたら、と言うより明らかに“密輸”ですからね。
翌日のお昼過ぎに支社長さんから感謝の電話を頂きましたけれど。