お見送り

 病院の夜間事務員なんて仕事をやっておりますと直面せざるを得ないのが入院患者さんがお亡くなりになった際の【お見送り】でありまして。

 患者さんが危篤状態に陥りますというと御家族に来て頂きます。例え真夜中であろうと未明であろうと。
 それで残念ながらお亡くなりになってしまいますと担当医と御家族で『死亡確認』というのが行われ、その後『死亡診断書』が作成されまして、これが御家族様が役所へ提出なさる『死亡届』とセットになっております。
 で、病棟スタッフによりまして御遺体の身支度を整える『エンゼルケア(死後処置)』を経て霊安室へと移される事になります。
 ……まぁ、大学病院等とは違い、一般病院の霊安室といいますのはどちらかと言うと葬儀社さんが迎えに来るまでの《待機所》的な意味合いが強い場所でありますけれど。
 ちなみに申しますと、葬儀社さんはあくまでも御家族様が手配なさるものでありまして、少なくとも最近は病院の方で「ここを使って下さい」的な指定や斡旋はしません。
 病院が出来ますのは、葬儀社のご用意が出来ておらず心当たりも無い、という御家族に対し「こういう所もありますよ」とパンフレットをお見せするのみでありまして、そこを使うか否かは御家族様の判断に委ねられております。

 それでいよいよ葬儀社さんのお迎えが病院に着きますと、それまで入院されていた病棟のスタッフが、御遺体が葬儀社さんの車に載せられて病院を“ご退院”なさるまで、文字通り“お見送り”する事をこう呼んでいるんであります。

 まぁ、死亡確認からお見送りまでの一連で、テレビドラマや映画のように御家族が御遺体に泣いてすがる、みたいな事はむしろ少ないように思います。
 これは患者様の大半が御高齢で既に病を得ており、担当医からそれまで細かく病状報告と詳しい説明が密に行われております関係上、ある程度覚悟を決めておられたからだと推察する訳ですがね。

 しかし、ですよ。
 葬儀社さんはよくよく吟味の上で選んだ方が良いと思います。
 たまに本当に品性も倫理観も無い会社もありますからね。
 
 その時の患者様御家族は予め葬儀社を決めておられ、その葬儀社が設けている会員制に入会されておられたんでありますが、入会されて一ヶ月も経たずにお亡くなりになったらしいんですな。
 でまぁ、これまでお話ししたプロセスの殆どをつつがなく終え、葬儀社の車に御遺体も載せまして後はご出発を待つばかり。
 ところが一向に車が動く気配が無い。
 その時の病院の方針で、事務員も手が空いている夜中などでは出来るだけお見送りに参加しなさい、という事になってましたんで霊安室から表通りへ出る途中に救急出入口があったもんですからそこで待っていたんですわ。
 同じく救急出入口には患者様の息子さんやその御家族なんかも居られて待っていた。
 葬儀社の車の側には患者様の奥様がいらして病棟スタッフからのお見送りを直接お受けになる。
 『出ないな~』と不謹慎にも若干待ちくたびれた頃、葬儀社の責任者らしきオッサンがテテテッと小走りで救急出入口の方にやって来ますというと、ご長男に向かって、
 「あの~、御葬儀の費用なんですけれど、実は月額会費の方が入会されたばかりという事でまだ一度もお納め頂いてない…となりますと本来は会員割引でのご利用は出来ない規約なんですが、そこは私が、私の権限でもって何とか会員割引での料金とさせて頂きますんで!」
と、髪が後退したために広くなったんであろう額に汗垂らしながら『私の手柄でっせ!』と言わんばかりのドヤ顔をカマしましてね。

 『お父さん亡くされた直後なのにカネの話かよ!』

 まぁ、呆気にとられるやら他人事ながらカチンとくるやら。  
 そんな話は葬儀会場なり然るべき場所で落ち着いてからでも出来るじゃありませんか?夜中の屋外で、それも病院の外壁タイルの近くで大声出すモンですからビンビン響いて、軽くこだま状態になってましたよ。
 生臭いわ、ゲスいわ!……そら~、道理で名前も聞いた事の無い会社ですわね。これから先、未来永劫このまんまやと思いますわ。
 考えられんほどの無神経ぶりでしたからね!!


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