警察庁副長官③
その日の内に空港・港湾といった国外に通じる交通経路に規制線が張られ、特に東アジア系人種への出国には厳重なチェックが入った。無論不法出国対策として沿岸警備隊の警戒も厳格化されている。
裏社会の方は田沼から外国人を当面出国させないよう各組に向けて『状』がまわり、その中では違えると警察庁から全力で“潰し”が入る旨の警告も添えられている。
警視庁板橋署で行われた捜査会議の会場で、神主は美沙子と共に最後列に陣取り細かな情報収集のを行った。
とは言え、いちいちメモを取る美沙子の隣で神主はタバコを燻らせ、無関心に会議の様子を眺めているに過ぎない。
「ちょっとタバコは控えてくださいよ。監理官が厭な顔してるじゃないですか」
美沙子が小声で注意するも、
「アイツにオレを叱責する度胸なんて無いさ」
たどこ吹く風である。
結局の所神主にとって捜査会議はただ退屈なものとなった。
「何処かコンビニに寄ってくれない?」
「トイレだったら署に居る間に済ませてくださいよ」
「タバコが切れたんだよ!……だからカートンで買い置きしとくべきなんだよな」
「だからタバコなんか止めればいいんです」
美沙子の全う過ぎる指摘は無視する形でやり過ごし、神主は外の景色に目をやりながら田沼の話を思い出していた。
豪雨の真夜中、自宅で惨○された揚げ句放火までされた板橋の大地主・岡安直樹は銀行を始めとする金融会社を一切信用せず、自宅金庫に現金資産全額を保管し、自宅外周を監視カメラだらけにする程の用心深さを見せていた。
岡安は先祖代々の資産を受け継いだ地主で全盛期には“板橋の自宅から所有地だけを歩いて池袋駅の先まで到達した”程だったが、バブル期に金融屋や地面師等に騙されて池袋界隈の土地を取り上げられたそうだ。
金融機関を一切信用しなくなったのはそんな苦々しい経験があったからであろう。
その一方で毎夜街へ繰り出しては飲み屋をハシゴし、訪れた店々で自宅に多額の現金を保有している事を吹聴して廻っていた、とも言われている。
更に妻の康代は無類のパチンコ好きで、朝10時の開店から閉店まで一つの店に居座る事で評判だったという。
「その意味で殺しの動機を持った者なんて数え切れないほど居るんじゃないですか」
捜査会議に出席した唯一の収穫は被害者夫婦と、直樹の弟・次郎の顔写真を入手出来た事。
霊視で見た賊を岡安邸へと手引きしたのはやはり弟の次郎であり、刑事二人を捜査本部とは別働で、彼が営む不動産屋へ張り込ませたのは正解である。
多くの場合、凶行を働く外国のプロは犯行後迅速に国外へ逃亡する。逃亡先が日本と引き渡し条約を締結していない国ならなお良し。
だからこそ神主は自分と、上司である警察庁長官・藤島大伍の権力をフル活用して空路、航路を塞ぎ、海上保安庁に根回しまでして迅速に海外逃亡のルートを潰したのである。
神主はとある人物に電話をかけた。
「そっちはどう?……分かった。あのさ、ちょっとでも引っ張れそうな案件が出たら、逮捕でも任意同行でもいいから身柄確保して欲しいんだわ。そう、実行犯が国外へ逃げちまう前に決着つけたいんでね。取り調べ?事情聴取?どっちでもいいけどそれは私がやるんで。…だから手柄はそっちにやるよ!宜しく!!」