笑ってはいけない大宴会⑤~組織~
相変わらず“広島のオジキ”さん一行の行進が続いておりますし、という事は会場内の万雷の拍手も継続されております。
Tさん、頭ん中では別の事を考えながら顔は笑顔で固定しながらもはや叩きすぎて痛みすら感じなくなった両手を合わせて叩き続けています。さながら拍手するマシーンが如くに。
で、何を考えていたかと言いますと、組織と自分の居る会社の関係です。
この組織というのが、抗争に明け暮れる博徒系暴力団とは別口の“神農派”……すなわち的屋さんの団体なんであります。
今では博徒も神農も十把一絡げで『暴力団対策法』の対象団体にされてますし、神農団体が規模の大きな博徒系団体の傘下に入っていたりもしますが、昭和の時代までは博徒系と神農派とには明確な線引きがなされていて、組織の拡大に血道を上げる博徒系に対し、神農派は領地内のお祭りや露天商を取り仕切る本業を始めとして地盤の安定と強化を旨とする、といった違いが明確だったんですな。
そして今回三人が駆り出されたこの大宴会というのが、先代の会長が亡くなられて息子さんが次の会長へという代替わりを業界を始めとする世間にお披露目する為に開催されたようなんです。
一方、Tさんが籍を置く会社は先代の時分から組織と、当初はつかず離れずの関係を続けていたんでありますが、今のバ……もとい!若社長に代替わりを境に月々の“会費という名の上納金”の額を倍増していったそうな。
というのは、先代社長が亡くなる直前までこの若社長が地元暴走族の幹部を務めていたそうで、代替わりの為に今はスッパリと足を洗っておりますが、そうした世界の事は嫌いじゃない、むしろ大好きなモンですから、上納金を増額していつの間にかさくら会の役員に収まってしまったんだそう。
で、お母さんである会長さんからは事ある毎に「深入りしないように」ときつく言い含められていたもんですから、これまでは会社の人間を総会や宴会に出さずに済むようお金で解決していたんであります。
しかし、今回ばかりは目的が目的ですから、
「役員のくせに、新会長就任を祝いに一人の人間も出さん言うのは、一般会員さん達に“示しがつかん!”のと違うか?!」
と幹部連からお叱りを受けた、と。
『それにしても1番の古株であるI塚さんと2番目のO久保ちゃんはともかく、新しい方から数えた方が早く下っ端中の下っ端な俺が差し向けられるってのは納得がいかんな!』
ま、お小遣い貰った上に色々便宜を図って貰っておいて愚痴る義理も無いんですが。
そんな想いを巡らせているうちに、いつ間にか大宴会の開会宣言が終わっておりまして、式次第1の『新会長就任挨拶』が始まりそうになったんです。
拍手の方は周囲の空気を読んでバッチリのタイミングでとめておりますよ。
多重人格気質のてんびん座&AB型なもんで、意識を分割出来るんスよ。
……あの~、マイクの前に立った新会長さん?
ご挨拶する訳ですし、多数の先輩総長さん方が来賓としていらっしゃってる訳ですから浴衣じゃなくて黒スーツ姿なのは仕方ないとして……紫レンズのサングラスと首と手首の金のジャラジャラは外した方が良くはございませんか?
黒やミラーじゃないからセーフ!言う理屈は…ど~なんでしょう?
気合いを示すのに声を張り、身振り手振りをつけるたびにジャラジャラ~ゆう音、マイクにバッチリ拾われてますやん。
これを大真面目にガッツリやられると、たまに大声が過ぎてマイクがビーンなるのと相俟って、Tさんの右脇だけ微かな地震が起きる始末。
「O久保!我慢せい言うたやろ!!」
勿論小声でツッコんでますよ。逆側の席からI塚さんも睨んでますしね。
いかに空気の読めんO久保ちゃんでも自己防衛本能だけは働くらしく、顔は完全に下を向いて遠目から見えなくしてはおりますが、しかし両肩の小刻みな震えと噛み締めた口の端から漏れる「クククッ」だけは隠しようがありません。
『しかし、会長自ら笑いの刺客を務めるとは敵わんな。前の列からはガッツリ睨まれとるし……』