蹴球部の落とし穴
おっす!おら、悟空!(今日で最後にします)
おはようございます。
学芸蹴球部は必ず、体育会に所属している方、本気で夢を持っている方は是非見て欲しいです。
岩田俊太郎に紹介してもらったある人のブログを見て考えたこと書きます。
ある人とは、東京学芸大学蹴球部の先輩である澤田慎太郎さんです。澤田さんと私は代も被っていませんし、話させていただいたことも一度もありません。(代は被るわけありませんね)
卒業ダイアリーで学芸大学蹴球部の「永遠の課題」について触れらています。
(澤田さんに許可などはとっていません、澤田さんの伝えたいことと、多少なりともズレているかもしれません。申し訳ございません)
澤田さんはダイアリーの中で学芸大学蹴球部の良さをこのように定義しています。 (澤田さんの言葉は括弧で表記してあります)
「僕は個人的に「学芸らしさ」を多様性と、それによって育まれた寛大さである」
蹴球部に在籍している人は全員が感じている部分だと思います。
澤田さんは学芸蹴球部の課題を次のような言葉で表現しています。
「その多様性に対する寛大さこそが、この東京学芸大学蹴球部の問題である」
「つまり、人の考えや、やっていることに対して強くぶつかることができないということです。 僕自身もそうですが、うちの部員はあいつはあいつだから、という価値観を常に持っています。」
現在の蹴球部にも通じる部分であると思います。この部分が永遠の課題であり大きな落とし穴だと私は思います。
永遠の課題の解決方法は次のように表現されています。
「時には様々なルールや縛りで価値観を(半ば無理矢理)共有させらてること、戦力のないチームに必要なのは強烈な意志の統一であり、共有である」
私が澤田さんのダイアリーで共感したのは、強烈な意思統一をチームでもつという部分です。
チームで徹底する決まり事があるとチームの雰囲気に現れてきます。そしてそれが伝統となっていくと思います。
チームで強烈な意思統一を持つこと、その上に個人の独立がある状態が私の考える理想のチームです。学芸蹴球部は前者が足りない部分だと思います。
ピッチ内外問わず徹底する何かを持つこと、そもやり方を考えるキッカケにこのnoteがなってほしいと思います。
学芸の良さをもう一度みんなで考えていきたいと思いました。
今のままでは学芸の良さはただの無責任な集団ともいえます。だって、あいつはあいつ精神があるので誰かが良いことや悪いことをしても特別干渉する必要ないですもんね。
そうやって、仲間と本気で関わることを避けてしまっている自分がいるのを痛感しました。
本気で仲間と関わるということはとてつもなくハードルが高いです。しかし、蹴球部にいる選手は少なからずそいうものを求めているのではないですか。
永遠の課題なんかじゃない、必ず壊していくことができると思います。蹴球部の仲間の関係も本気で関われば壊れることあります、それでもまた関係を構築していく、このプロセスが大事だと思いました。何度も壊し合うことは恐怖です、どうせならチャレンジしたいよな〜ということです。
毎回当たり前のことを書いていると思います、今頃岩田は気付いたのかと思うかもしれませんが、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
澤田さんの伝えたいことが書けていない部分もあると思います、申し訳ございません。ダイアリー素敵だと思いましたありがとうございます。
澤田さんのダイアリーはこれです。
https://twitter.com/gakugei_soccer/status/788738914357956608?s=21