エッセイ【痛みの記憶を塗り替える】
しゃべろうと思えば思うほど、声を出さなくちゃとあせるほど、呼吸は荒くなり動悸は激しくなる。発作が起きたみたいになって、いうことをきかない私のノドと唇。やっと開けた口から出るかすれたような声。吹き出る汗。震える膝。早くこの場から逃げたい。どこかに隠れたい。消えてしまいたい。火照って真っ赤になる頬。ひきつって痙攣するまぶた。情けない。恥ずかしい。またきっと後からからかわれる。声を出さなきゃいけないのに、勝手にあふれ出てくる涙。
「聞こえませーん」「泣いてないで、ちゃんとしゃべってくださーい」
級友たちのいじわるな声。ひそひそこちらを見ながら話す声。
10歳の時、クラスみんなの前で発言しなくてはならなくなるたびに、笑われからかわれいじわるを言われた。体中に刺さるトゲのある言葉と視線。
イタイイタイイタイ。ダレカタスケテ。
全身をチクチクと刺され、心をザクザクと切り刻まれるようなあの時の記憶。これが長い間わたしを苦しめた。もうあの時のわたしじゃない。誰からもからかわれてない。大丈夫だから、と心の中で繰り返す。
たくさんの人の前で話をしなくてはいけなくなると、急に体があの時を思い出す。平気そうな顔をしながらも、じわっと汗が出て、呼吸が乱れてくる。10歳の時のイタイ記憶は何年も何年もわたしを苦しめる。
みんなの前で普通にしゃべれなかった。あの時のみじめな自分。
「はあ?もう一回言って!」「なに言ってんのー?」「聞こえませーん」
今でもごく稀にあの時の痛みを思い出す。
大丈夫。大丈夫。わたしは大丈夫。呪文のように心の中で唱えて心を落ち着かせる。わたしが今、人前でしゃべる時、それは体にそして脳にこびりついたあの時の痛みの記憶を塗り替えるため。
ほら、見て。聞いて。ちゃんとしゃべれるんだから。
あなたはおかしくない。変じゃない。大丈夫。
あの日みんなの前で震えて泣いていた10歳のわたしに伝えたい。
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