【ただ一つの道】アルセイデス・ダブルターミネーターグリーンファントム
世の中には、様々なことを実に器用にこなす人間がいるが、この石も同様に、非常に多機能な石である。
仕事にせよプライベートにせよ、何事も器用であるに越したことはない。
だが器用貧乏なのは問題である。
器用であるにも関わらず、器用過ぎることで損をする。
そんな人間は、意外に多い。
一つの要因として、こういう人に多く見られるのは、特出した才能が無いという点だ。
その代わり、大抵のことは押しなべてやりこなすことができる。
おかしな話だが、我々は、一つのことしか出来ない人間を不器用と呼び、
平均して物事を出来る人間を器用と呼ぶ。
そして器用さが禍いして何者にもなれぬ人間を、器用貧乏と呼ぶのである。
これは、行動(つまり手先の器用さ)と、メンタルの器用さが、反比例することを意味する。
一つのことに対して素晴らしい器用さを持ってはいるが、他のことに関してはまるで子供同然、当然コミュニケーションも苦手で、得意な仕事を取り上げたら何も出来ない…。
こういう人間を不器用と呼ぶ。
対して器用な人間とは、色々なことを器用にこなすため、仕事場では重宝され、どこに行っても、何をやっても、それなりにうまく立ち回る反面、本当にやりたいことは見つからず、たとえ見つかっても、結局前者のような(不器用な)人間に負けてしまうのである。
人は皆、神から同じ数だけの”積み木”を与えられている。
その積み木を使って、どう積み上げるかは個人の自由だ。
タワーのように、注意深くひたすら1本の塔を高く積み上げることに専念するか、それとも倒れぬように、低くてもたくさんの塔を積んでおくか…
全てはあなたのパーソナリティが決定している。
人には選択肢の多さを優先する傾向があり、これだけで良い、と思う人は少ない。
だが選択肢の多さは、同時に迷いを呼び、エネルギーを分散させる。
迷った挙げ句に選択したものが、最善だと思えるはずもない。
故に、延々と最善を求めて彷徨うわけである。
それも悪くはないが、全力でのぞんだ結果の幸福感や達成感は、到底味わえないであろう。
冒頭で、この石は多機能だと言った。
自分次第でどうにでも使えるのだ。
あなたが器用でも不器用でも、器用貧乏でも、力を貸してくれるだろう。
ただし重要なのは、あなたの悩みただ一つに焦点を当てること。
多機能だからといって、あれもこれもとエネルギーを分散させれば、
結局は何も成せないのである。
yumiko ino
これは我々にとって、非常に痛いところを突く石かもしれません。多機能なのに、ただ一つの悩みに使えというのは、なんとも矛盾した機能。でもこれが、この石の最大の性質なのだとしたら?いやでも自らのパーソナリティと向き合わなければなりませんからね。食べ物を例にあげるのは何ですが、たとえばブッフェのようにたくさん並んだお料理を前に、私は一種類だけで結構、という人がいるでしょうか?そもそもそんな人は、ブッフェレストランになど来ないでしょう。多くの人は、美味しいものを少しづつ、色んな味を楽しみたいという欲求が強いはず。これは人生においても言えることかもしれません。人間にはたくさん引き出しがあった方がいいし、色々な人と出会って色々な経験を積んだ方がいいに決まってる。その中で、自分に一番合ったものを探せばいい。若い頃をそんな風に生きてきた方は多いはず。でもしばらくすると、自分が何をやりたいのか、何が得意なのか、何をやればいいのか、全く見えて来ないどころか、増々濃い霧に包まれていくに気付くのです。
エルダーによれば、エネルギーが分散している時に下した決断に、良しと思えるものなどない。
また食べ物の例えで恐縮ですが、たくさんあるメニューから、迷いに迷って注文した料理。たとえそれがそこそこ美味しかったとしても、やはりあっちにすれば良かったかな?と心のどこかで思っているうちは、そのチョイスが最善には成り得ないということなのです。その証拠に、「今度来た時はあっちを注文してみよう」と言うでしょう?つまり結局は、全部味わってみなければ納得しないし、味わっても、どれが一番だったかなど決められないということです。それならば、むしろ選択肢の無い専門店で食べた方が端的です。家電を買う時もそう、シンプルなものが一番扱いやすくて壊れにくいのに、多機能に弱い。これは人類の性とも言うべき悪しき習性なのでしょう。平たく言えば、欲張りというやつですね、欲張りだから(器用)貧乏になってしまうというのも、皮肉な話です。
本来は、迷わず欲張らず、ただ一つの道だけに精進できる人達を器用と呼ぶべきなのでしょう。
アルセイデスとは、ギリシャ神話の森の精霊(ニンフ)達の総称です。ファントムのグリーンが、深い森を思わせる事ももちろんなのですが、森には様々な木々があり、人は森に入り、自分が必要な木を切りに行きます。たくさん木があるからと言って、むやみに切ってしまえば森は力を失います。どれが最も大きな木なのかを見極め、ただそれだけにエネルギーを注ぎましょう。たとえ今の貴方が魅力を感じない木であっても、それが貴方の本質の木だからです。