「第十六回 寸志さん、「小林」ってどうやって作ったの、の巻(寸志滑稽噺百席其の十四)」
杉江松恋(以下、杉江)じゃあ次です。「牛ほめ」、「辰巳の辻占」、そして寸志さんオリジナルの「小林」。このときは「小林」をかけるという予告を出したから、お客さんがいっぱい来たんですよ。
立川寸志(以下、寸志)そうでしたっけ。
杉江 たしか寸志さん、どこかで初演をやって、これが確か二回目なんですよ。だからかな、再演しますよ、って言ったら聴き逃した人がたくさん来てくれたの。
寸志 ああ、そういうことでしたか。初演は四月の〈シブラク〉(渋谷らくご。サンキュータツオ氏をキュレーターとする落語会)、林家彦いち師匠主催の「しゃべっちゃいなよ」です。
杉江 噺として固まる前の、まだできたてほやほや「小林」ってことですよね。ちなみにネタおろしはなんでしょうか。
寸志 「牛ほめ」ですね。
■「牛ほめ」
【噺のあらすじ】
与太郎は父親に言われて、おじを訪ねる。新築した家を褒めてこいというわけだ。父親に褒め言葉を習ってきた与太郎の切り札は、台所の柱に空いた節穴に関するものだった。
杉江 それまで「牛ほめ」やってなかったんだ。
寸志 何度もお話ししてきましたが、与太郎ものが苦手なんですよ。ずっと避けていたわけです。アンケートを見ると、うーん、評価も低いでしょ。「与太郎の声が大きすぎる」。与太郎がまだまだこう、悩ましいんですよね。
杉江 前に出た話で言うと、寸志さんが与太郎のリズムを体現できてないから、声を張ってなんとかしている、ってことなんですかね。
寸志 そうかもしれないです。最初にやっているとしたら、なんかこう、頑張ってやっちゃったのかもしれないなあ。
杉江 とっとと片付けよう、ってことですか。
寸志 そんな感じですね。「牛ほめ」は、なんつうのかな、お尻だ、糞だって出てきてあまりきれいごとじゃないっていうのもあるし、どなたのを聴いてもそんなにおもしろくは感じないんですよ、私自身が。「『牛ほめ』やりてえなあ」とは思わない。
杉江 ああ、確かに。前座さんで聴いても「うん。頑張ってるね」と思っちゃうだけのことは多いですね。実績とキャラのある人がやるとおもしろいことがあるんだけど。
寸志 ところがこれが学校寄席でウケるんです。むちゃくちゃウケるんですよ。仲間内でよく話すんですけど、子どもってまあ、下がかったネタ、特にお手洗い系が好きですよね。それだけじゃなくて、あそこが一番ウケる。「畳は貧乏でボロボロで」というくすぐり。「貧乏」にも反応しますね。また調子がいいじゃないですか。「たたみはびんぼでボロボロで」と、耳に残る、口にも残る。それが快感なんでしょうね。キャッキャキャッキャ、ウケますよ。だから前座さんには「学校寄席行くなら『牛ほめ』やりな、ウケるから」って勧めます。このあいだ半信半疑で縄ちゃん(立川縄四楼)がやって、すごいウケて、喜んで帰ってきた。「自信がつきました」って。
杉江 よかったよかった。
寸志 私自身はでも、学校寄席用じゃなくて覚えたんです。今思い出したけど、住宅展示場から仕事の依頼があったの。それに向けて、この回でやったんです。家を褒めに行く噺ですからね、うってつけでしょ。で、その後その住宅展示場の仕事へ行くんですけど、無茶苦茶暑い夏の日中ですよ。住宅展示場の駐車場みたいなところに設えられたテントでやってくれ、って言われまして。「住宅展示場なのに家ん中じゃできねえのかよ」って。それで「牛ほめ」。
杉江 でも「燃えたらあっという間だ」って与太郎が言うじゃないですか。不吉ですよ。
寸志 ふつうにやりましたけどね、そのくすぐり。
■「辰巳の辻占」
【噺のあらすじ】
おじが後見役になっている半ちゃんは、辰巳芸者に入れあげている。いずれ夫婦になるのだから、富くじの当選金も私が預かってあげると女は言うのだが、おじはその心根を疑って。
杉江 二席目は「辰巳の辻占」ですね。
寸志 実は学生時代からやってるんです、好きな噺です。くすぐりもオリジナルで入れてます。「半ちゃんが死んだら田舎暮らしを始めるの。ハーブでも育てて」とか、そういうことを言わせる。もっといろんなところでやりたいんですけど、もうちょっとコンパクトになんないとな、と。
杉江 尺がちょっと長いですよね。しかも途中で切れないじゃないですか。
寸志 そうそう。もうちょっと整理するといいのかもしれない。この女の薄情なところだとか、心中する橋の上でのやり取りなんかは本当におもしろいんですよね。でも、今までのお客さんで何人か、「サゲがわからない」って人がいましたよ。
杉江 あら、そうですか。
寸志 「娑婆で会ったきりじゃないか」って、こんな粋なサゲはないんですけどね。
杉江 そうですね。そこは説明したくないですね。わかってくれよ、って。アンケートに「心中のやり取りがもう少し」とあるのはどういうことでしょう。
寸志 「もう少しあったほうがよかった」か。女と半ちゃんの間でもうちょっとやりとりをしたほうがいいってことなのかな。でも、あそこはそんなにそれ以上やることないからなあ。
杉江 「品川心中」じゃないですからね。
寸志 そうなんですよね。この噺は、切絵図(古地図)を参考にして「どのあたりでこういうやり取りをしてるのか」というのを地で説明します。本当に川のそのへんが心中に向いてるかどうかまではわからないんですけど。
杉江 江戸のどのへんかをはっきり言わないと気になりますか。
寸志 そうですね。二人が隅田川まで行く演出も聴いたことあるんですけど、ちょっと遠すぎるなとも思うんです。だから自分の心づもりとして入れておきたい。マクラでは「辰巳はどこか」という話をしますね。「東陽町から木場のほうに向かって、東陽三丁目の信号を右に折れると緑道があって、実はそこは海で。渡ると妙に幅の広い道があって、そこを中に入ると」みたいな。実際に何度か歩いてもきました。
杉江 今、辰巳って言ってもパッと思い浮かぶ人はいないでしょうからね。
寸志 そうなんですよ。滑稽噺としても見せ所は多いですよね。辻占の巻煎餅食べて読み上げるところとか。
杉江 女を待っている間に食べるやつですね。あの辻占は、寸志さんはいくつかパターンを変えてやっているんじゃないですか。
寸志 やりますね。何枚か読んで最後のやつなんかは、完全にオリジナルでやります。「『カンカン帽を被った中年男性、それがあなたの運命の人。ラッキーアイテムは粉石鹸』……なんなんだよ、これっ!」ってキレたり。
杉江 どんな占いなんだ。
寸志 あそこでよく入るのが「富士の山よりお金を貯めて、端からちびちび使いたい」という都々逸なんですけど、色里なんだしそこは女絡みのほうがいいですよね。
■「小林」
【噺のあらすじ】
プロジェクトを成功させた会社員の二人。なぜか一人のほうが、もう一人のことを過度にほめそやす。不審に思って問いただしてみると、理由は名字だった。意外に奥深い名字の世界。
杉江 さあ、「小林」です。
寸志 こどものころから私は名字というものに大変に興味を持っていまして。というのは自分の本名が「小田部(おたべ)」という、あまり見かけない名前なんですよ。それで、あれはポプラ・ブックスの古いやつだと思うんですけど、『名前・なまえ』という本を繰り返し図書館で借りて読みました。佐久間英という方の。
杉江 お名前博士ですね。
寸志 名前に対する意識というのがけっこう自分の中にあったんですよ。何もないところから新作なんて絞り出すわけですから、そのとっかかりとして、自分の中にあるちょっとした思いを軸にして、「じゃあ、名前でいってみよう」と。それで「小林と大林」というところから、どんどん敷衍していったということですよね。やろうと思えばいくらでもできるんです。逆に、展開を考えながらネタをどういう風に削っていくかというのが勘所だと思いました。初演は2019年で、それから2年ぐらいやってますけども、だいぶ内容は変わりました。このころは「別名バー」というところに実際に行く場面を入れていたんですけど、長くなっちゃうので一度完全に取りました。その後で「こういう店があるんだよ」って会話の中にまた織り込んだり、というような出し入れをしていくうちにだいたいまとまって、今は15分ぐらいでできるようになっています。
杉江 このときは別名バーに行くバージョンですよね。
寸志 はい。バーテンダーが出てきて、「今日は何にします?」「そうだね、今日は円城寺の気分だな」「かしこまりました。……円城寺さん」というやりとりがある。まあ、必須じゃないし、テンポ変わり過ぎて間延びしちゃうな、と判断したわけです。
杉江 寸志さんは新作にそれほど熱心なわけじゃないですよね。
寸志 そうですね。「新作落語を自分で作ってウケたい」、「こういうことを思いついたから、こういうお話にしたい」「オリジナルな笑いで勝負したい」という欲望はあんまり湧き起らないですかね。
杉江 ないからか。
寸志 そう、ないから、作れって言われたら無理やりひねり出さないといけない。だから一つの傾向として、自分の経験した世界のサラリーマンものになっていくんでしょうね。作りやすい。もう一つの傾向は、漫才みたいなやり取りに僕の場合はなってしまう。ストーリーを編むというよりは、会話で転がしていく。考えるプロセスそのものが、私の場合は言葉のやりとりなんだと思います。対話というか、議論というか、問答というか。「小林」は名前という話題の縛りがある会話のやりとりです。チュートリアルさんが一時期やってた妄想系のネタですよね。バーベキューの串の刺し方はどういう順番、みたいなことに妙にこだわる人間の話を聞いてる人が驚いてるっていう。あれに近い構図ですから、「小林」は。
杉江 なるほどね。
寸志 「小林」は自分でもよくできたなと思います。これがあると本当に助かりますよ。だって、初めて本割りの寄席に呼んでいただいた(柳亭)小痴楽兄さんの末廣亭の芝居に上がらせてもらったときにこれやっちゃいましたからね。
杉江 もしものときの「小林」だ。
寸志 「古典派なんだから古典やれよ」って自分でも思いましたけど。
杉江 でも、小痴楽さんのお客さんだからいいんじゃないですか、それで。
寸志 中手(噺の途中で入る拍手)までいただきましたからね。
杉江 よかったよかった。
寸志 この噺は「ジ・オカ」が一番ウケるんですよ。あそこがピークなんだよなあ。私としては忸怩たるものがある。
杉江 なるほど。
寸志 でも、「小林」やって下りて来て、楽屋で共演者やスタッフの方が「私、○○っていう名前なんですけど…」って言ってきてくださったりするのは嬉しいですね。また、それが地方だとより面白くて、長野の飯田では「このあたりは、大平さんという名前が多いんですよね」って主催のスタッフさんに言われたりして。当然、大平・中平・小平ですよね。その地方に多い名前でご当地クスグリできそうですね。そうそう、私の小学校時代の担任の先生がね、旧姓小平・現姓大高って、コレ面白いですよね!
杉江 ……名前の話、本当に好きなんですね。
(つづく)
(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)
※「寸志滑稽噺百席 其の三十」は2月24日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催します。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。コロナ対策の意味もあるので、できれば事前にご予約をいただけると幸いです。上記フェイスブックのメッセージか、sugiemckoy★gmail.com宛にご連絡くださいませ(★→@に)。