『第4回:長屋の花見ってそんなにおもしろいか、の巻(寸志滑稽噺百席其の二)』
寸志滑稽噺百席とは:珍しいネタを増やすのもいいが、立川寸志はどこでもできる、絶対にウケる、汎用性の高い滑稽噺を二ツ目のうちに増やすべきではないか。それが杉江松恋の提案でした。年6回、三席ずつを積み上げて真打になるまでに百席を積み上げる会がこうして始まったのですが。
杉江松恋(以下、杉江) 第2回は2017年4月14日でした。席の4、5、6は「壺算」と「長屋の花見」と「素人義太夫」ですね。順に聴いていきたいと思います。
■「壺算」
【噺のあらすじ】
かみさんから二荷入りの水瓶を買うように言われた男が買い物上手の男に同行を頼んでくる。予算不足なのだが買い物上手はうまくやってやると言う。狙いを定めた店での作戦とは。
杉江 「壺算」は、わりと皆さんオリジナルの要素を入れてくる噺だと思うんです。「薄型テレビ算」を始めとしてね。
立川寸志(以下、寸志) (立川)談笑師匠の改作ですね。僕の「壺算」は六代目三升家小勝師匠の流れなので2円50銭なんですよね。みんなは3円50銭でやってるんですが。よく言われます、「2円50銭なんですね」「ええ。小勝師から(桂)文字助師の流れですから」って言ってやってるんですけど。でもこのトリック、お客さん正確にはわかってないですよね、きっと。自分も自分でやるまでよくわからなかった。
杉江 お勘定のところ。みんな、ポカーンとしますよね。
寸志 そうそう。わかんなくても面白いはずだと思ってやってます。だから、だます内容じゃなくて、僕は「だまされた人」をおもしろくしたい。店主をエキセントリックな人物にして。
杉江 だんだん人間不信になっていく店主。
寸志 最初から、「だまされちゃうよね、この人」みたいな面がある。「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」「グッとグッとお安く」とか喋りどおしにして、「この人だったらだまされちゃうわ」感をいっぱい出すんですよ。そうじゃないと、だます二人があまりにも小ずるい、悪い人間に見えちゃうんで。しかし、これも疲れる噺ですね。
杉江 疲れる。どんなところが。
寸志 もう張りっぱなしだから。店主がキャーキャーキャーキャー言ってますしね。
杉江 ジャパネットたかたの人みたいですよね。顔に貼り付いた笑みが浮かんでいて。
寸志 そういうのが疲れちゃって。だから、以前はよくやっていたんですが、あまりやらなくなっちゃった。
杉江 大丈夫ですか。前回もそうですが、「あまりやらなくなった」噺ばかりですけど。初期のころにやった噺だいぶやってないですよね。会の趣旨から言うと、ここで掛けたネタはずっとやっててもらわないと困るんですけど。
寸志 「やったことがある集」になっちゃいますからね。でもね、ひと巡りはしつつありますよ。そういう意味では。「壺算」は、またやりますから。
杉江 ああ、一巡して後でまたやる、みたいな。
■「長屋の花見」
【噺のあらすじ】
世間から貧乏だ貧乏だと言われている長屋がある。世評を悔しく思う大家が一計を案じ、住人一同揃って花見に行くことにした。酒から肴の卵焼きから、すべて見かけだけの偽物だ。
杉江 次は「長屋の花見」について。
寸志 これは季節ものですからね。第2回は4月だったので。ただ、この噺は毎年誰かがやりますけど、正直言ってお客様大爆笑でウケてるのってほとんど見たことないですね。季節ものだからやるけど、たぶんお客様たちもみんな、そんな構えで聴いてくださるフシがある。この日のお客さんのコメントには「本人が楽しそうにしているのが良い」って書いてある。
杉江 寸志が楽しんでいてよかったよかった、と(笑)。お互いの共通認識で、開花前の時期しかできない噺だから、今年も春が来てありがたいね、みたいな気持ちなんですかね。
寸志 そうなんすよ。「ああ、今年もこれが聴けてよかった」っていうだけで、内容で笑ってるとは思わないですよね。私もね、「長屋の花見」のどこが好きかって言えば、冒頭の店賃の話をするところ。「与太郎お前、お前なんざ銭はしっかりしてんだ、どうだい、店賃のほうは」「店賃ってなんだ」「店賃知らねえ奴が出てきたよ。大家さんとこの月々の金だ」「まだもらってねえ」って、そこが好きなの。それを終えちゃうと、もうモチベーションがグーンと下がるのでもうダメなんです。
杉江 そこで終わりなんだ。
寸志 私的には、です。あと、強いて言えば後半になって、みんながお茶けを飲むの嫌がるじゃないですか。「いいよ、俺はいらねえから」「ダメだよ。ちゃんとこういうのは飲まねえといけねえんだよ。ね? 大家さん、これ飲まないといけないんですよね? ひとりでも欠けちゃいけないんですよね?」「予防注射じゃねえんだ」って、あそこらへんが好き。だから、ポイントポイントのギャグとかは「長屋の花見」ってすごい好きなんだけども、正直ね、大ウケしてるのをあまり見たことない。僕自身もほぼウケないから、アンケートの評価も低いですもんね、これ。いつもアンケートで平均を算出してもらってますけど。
杉江 会にいらっしゃったことのない読者向けに補足しておくと、アンケートでは5点満点で何点かを噺ごとに書いてもらっているんです。「長屋の花見」は、今年も聴けました、ありがとうございました、みたいな感じでしたかね。
■「素人義太夫」
【噺のあらすじ】
好人物だが下手な義太夫が玉に瑕の旦那。義太夫の会が開かれるのだが、長屋の住人やお店の者は口実を作って誰も聴こうとしない。だがそんなことでめげる旦那ではないのだ。
杉江 「素人義太夫」はいわゆる「寝床」の前半といいますか、寝床のオチまではいかずに終わる。これがネタおろしだったんですか。
寸志 そうです。すごい言いかた悪いですけど、百席でやらずに自分のネタおろしの会(注:寸志滑稽噺のない毎奇数月に開催。たいへん)でやればいいのにと思いません? もったいないな、って。
杉江 僕が言うのもなんだけど、思う(笑)。 「素人義太夫」じゃなくて「寝床」としてやっていたらそっちで掛けていたでしょ。
寸志 そうかもしれないけど、「寝床」までやるつもりはあまりなかったんです。「あそこは私の寝床なんです」までやって「寝床」、その前で終われば「素人義太夫」にするというのが通例でしょうけれど、「寝床」のサゲはちょっとどうかなあと。それでも、やっぱり滑稽噺といえばこのネタだろうという思いもある。「お菊の皿」なんかもそうなんですけど、このネタも後半、義太夫が始まってからの工夫というのも一つの見せどころになると思っているので、そこですよね。けっこう変えました。義太夫が向かってくるのをよけるために座布団を盾にしたり、義太夫がシューン、ドカーンと飛んできて、「危なーい」と権助が助けに入ってきて、薪ざっぽで打ち返すとか。思い出した。それでその日に打ち上げでお客様が、某売れっ子の先輩の名を挙げて「○○さんと同じ感じですね」みたいな風に言われたんですよ。
杉江 へえ。同じかな。
寸志 いや、僕は聴いたことないのでわからないんです。そう指摘をしてくださった人は、似てるから気をつけてください、という意味ではなく、そんな感じでやってる人がいましたよ、っていう親切なお気持ちだったと思うんですけど、それ聞いて、ちょっと気持ちが萎えちゃったんです。
杉江 萎えちゃった。
寸志 そうか、それなら○○兄さんのほうが絶対おもしろいや、と思ってしまった。で、シュルシュルシュルと萎えちゃった。そこはぜいたくなのかもしれないし、プライドが高いのかもしれない。それ以来あまりやらなくなっちゃった。また難しいんですよ。僕が好きなのは前半の言い訳のところで、お店の人たちが「金どんは?」「神経痛」「六どんは?」「胃けいれん!」みたいにたたみかけるところ。(橘家)圓蔵師匠のギャグで「お前、かぶせんの早いよ」っていうのがある。それぐらいテンポよくやるのが楽しいんですけど、思うように決まらなかったりね。やっぱり自分の技術が、考えた展開やクスグリのおもしろさにまだ追いつけないなっていうのがある。もうちょっと経ったらまたやってみたいなとは思うんですけどね。サゲもナンセンスなのこしらえましたし。
杉江 「寝床」は八代目(桂)文楽がなんといっても有名ですよね。旦那が機嫌を損ねるんだけど、番頭におだてられてまた義太夫をやる気になる。そこの演出が芸談にもなっています。その旦那のキャラクターはどうなんですか。
寸志 八代目文楽がモノローグでやるところですね。「でもね、お前そういう風に言ったらできない…そう?…いや、でもさぁ…」と渋ってみせているのがだんだん「…お前も好きだねえ」みたいに変わっていく。それはできないし、やらないですね。展開を変えてます。使いに行った者が帰ってきて「そういうわけで誰も来ません。店の者も誰も聴けません」「で、お前はどうなんだ」ってなるでしょ。で、「いえ、私は因果と丈夫」「因果と丈夫とはなんだ」「すいません。じゃあお語りになってください。語りやがれ!」みたいなこと言うじゃないですか。「うん。じゃあ語ろうか」と旦那が言っちゃう。
杉江 (笑)。
寸志 逡巡しないんです。そこでいきなり「もう一対一で聞かせよう」っつって。「じゃあお前、そこ座って」って、義太夫のさしむかいが始まる。権助がそこに助けに来る――そういう展開にしているので、旦那の感情の細やかな移り変わりみたいなシーンはありません。バカバカしい噺にしたいと思うんです。自分としたら「幇間腹」のようにできるようになればいいな、と思うんですけどね。八代目文楽がやると立派なネタっぽくなりますけど、古今亭志ん生は義太夫を蔵に語り込むというナンセンスでしょう。志ん朝師匠では「それからだよ、あの人共産党入っちゃったのは」っていうの聴いたことあります。もう大好き。そういうネタなんだ、って思うとちょうどいいかもしれない。
杉江 其の一のときも、圓蔵さんと志ん朝さんでは後者のほうが与太郎がバカっぽい、という話が出ましたよね(「近日息子」)。いわゆる落語四天王はイメージが固まった人たちですが、そういう意外な着眼点がおもしろかったです。志ん朝意外にマンガチック。
寸志 噺家をマッピングしたことがあるんですよ。
杉江 おお。「X軸Y軸で」みたいな感じですか。
寸志 縦軸に《演出が理知的か/感覚的か》を置き、横軸に《アプローチが保守的か/革新的か》を置くと、4つの象限に談志、(橘家)圓蔵、(三遊亭)圓楽、(古今亭)志ん朝という四天王がそれぞれ収まります。理知的×革新的が談志師、理知的×保守的が圓楽師、感覚的×保守的が志ん朝師、感覚的×革新的が圓蔵師。もちろん私の中では家元談志師匠がいちばん素晴らしいってことになるんですけれど。そのマッピングに、知っている限りの真打から二ツ目まで全部ね、自分基準でマッピングしてったんですよ。で、縦横軸の交点である原点oには五代目(柳家)小さん師匠が鎮座ましましている。(柳家)小三治師匠は交点を中心に微妙に動き回るんですけど、小さん師匠なんですよ、原点oにいるのは。
杉江 わかる気がする。現代落語の基準点ですね。
寸志 そう。小さん師匠をまん真ん中にして四天王がうまく配置できたんです。それを元にみんな、立川流の若手なんかもマッピングした。「売れているあの師匠はここ、あの兄さんの目指してるのはきっとココ」みたいに。
杉江 それは以前の話にも出てきたけど、他の落語家と比べて自分はどういうポジションを取るべきか、という研究のためですか。
寸志 まあ、そうですね。だいたい現役の落語家は配置できたんですよ。
杉江 寸志さんは?
寸志 え?
杉江 ご自分はどこに置いたんですか。
寸志 ……結局、自分は書きこんでないですね。自分以外を配置して終了。
杉江 なんだ。そこは自分のポジション取りがわからなかったとか、そういうことですか。
寸志 うーん。まあ、そういう、ことに、なるのかなあ。
杉江 いやいや、悩みながら帰り支度を始めるのはやめてください。(つづく)
(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)
※「寸志滑稽噺百席 其の二十八」は8月26日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催予定です。詳細はこちらから。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。
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