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「第十八回 寸志さん、釣りが好きじゃないのに『野ざらし』やってるの、の巻(寸志滑稽噺その十七)」

杉江松恋(以下、杉江)さあ、次です。「大安売り」「芋俵」「野ざらし」です。このときは「芋俵」がネタおろしでしたっけ。
立川寸志(以下、寸志) はい、「芋俵」がネタおろしです。

■「大安売り」

【噺のあらすじ】
町内の若い者が関取に声をかける。しばらく顔を見なかったが、どうやら巡業の旅に出ていたらしい。旅先の取り組みではさぞや買って星を重ねたでしょうと聞くと意外なことに。

杉江 「大安売り」。これは誰から稽古付けてもらいましたか。
寸志 これはですね、その頃の快楽亭ブラ坊兄さんに教わりました。うん、今じゃ●●(本名の名字)兄さんと呼んでますけどね。
杉江 まあ、そのへんはあまり掘り下げないことにしますか(笑)。
寸志 まだ「兄さん」ではあるんですけどね。これも何かと交換ですよ。何かで一緒になったときに、「取り替えっこしませんか」みたいな感じになったんです。僕、「替り目」だったか「短命」だったかと思うんですけど、それで「『大安売り』教えてください」って。聞き返されましたけど。「え、『大安売り』でいいんですか」って。いいんですよ。ほしかったんですよ。これも個人的には(立川)左談次リスペクトですよ。左談次師匠はたぶん、(快楽亭)ブラック師匠から教わっているんです。
杉江 ああ、本家帰りみたいなものですね。
寸志 そう、本筋ですよね。これはもう、軽ーくやって「バックドロップで負けました」っていうところをやりたいんです。あとは、その前のかなり冒頭ですが、「あんな小さな奴が相撲取りになるから小僧が不足するんだ」ですか。僕もうちの師匠(立川談四楼)の噺、「三年目」とか「柳田格之進」とかやると師匠の口調になるんですけど、「大安売り」とかだと左談次師匠の口調になるんですね。左談次師匠の相撲取りは「初めての大阪の場所。大変に緊張をしてしまい、何がなにやら皆目わからず」みたいな、ちょっと七五調っぽい歌い調子になるんです。自分でやっている間も「ああこれ、左談次師匠の口調だ」って本当に思いますね。そういう気持ちでやるネタもあるということですね。実はあんまりウケないですよ。
杉江 え、そうかなあ。
寸志 そんな「爆笑を取るぜ」みたいな感じじゃなくて、フワッとやる噺ですから。町の衆に巡業の首尾を聞かれて「初日は」と勝敗を言い始めるでしょう。あそこはそんなにウケない。お客さんに聞いててもらってる感じになるんです。僕はそのあたりからもう「お客さんダレてるだろうな」と思うので、京都から名古屋、そして「静岡で子どもに負けた」云々のあたりはやんないですね。それで一直線にサゲに行くようにしてます。
杉江 なるほど。機械的に段階を積み上げていくような感じはありますよね。
寸志 難しいんですよ、これも。よく間違えちゃうんです。初日、二日目、三日目の内容を入れ違えちゃったりとか。
杉江 そうですか。よく寄席ではかかる気がするんだけどな。
寸志 やってますか? よくやるのは立川流ぐらいかなと思ってたんですが。というのは、ブラック一門って、前座のころに「大安売り」教わるらしいんです。だから、(立川)吉幸師(元ブラ房)、(立川)左平次師(元ブラ談次)、(立川)志ら玉師(元ブラ汁)、みんなやる。たぶん、(立川)わんだ師(元ブラッC)もやると思います。
杉江 そうなのかな。誰で聴いたかというと、ちょっとポンと今思い出せないんですけど。(三遊亭)歌武蔵さんとかやりますよね。寄席の浅い上がりのときに。まあ、サービスでしょうけど。相撲ネタをやってみせるというのは。元大相撲力士というのをお客さんがみんな知っているから。
寸志 そうですか。僕は残念ながらお聴きしたことがないんですが、歌武蔵師匠もブラック師匠伝来じゃないかという気がするなあ。元が上方の噺だし。

■「芋俵」

【噺のあらすじ】
泥棒二人が、一芝居売って盗みを働こうという相談をする。その中に一人が入った芋俵をかついでいき、店で預かってもらって中に忍び込む。ただ、どうしても三人必要なのだが。

杉江 次は「芋俵」です。
寸志 これね、アンケートに「ウケどころがわからない」というのあったんですよ。
杉江 「ウケどころがわからない」って、どういうことですかね。
寸志 つまり、「つまんなかった」ってことでしょ。
杉江 ああ。「笑いどころがない」ってことですか。
寸志 うん。だから、あんまりおもしろくなかったのかなあ、と思って。まあ、正直言って爆笑噺ではないし、おならの噺でもあるし。でもね、四代目(柳家)小さん師匠の「芋俵」は、本当に雰囲気いいんですよね。
杉江 ほう。四代目って音源あるんですか。
寸志 ある、と思います。僕はたぶん「早起き名人会」で聴いたと思うんです。四代目小さん師匠って爆笑派ではなくて、なんつうのかな、お店の生活感みたいなものが出てたんですよ。
杉江 ああ、それはいいですね。営業が終わってからの、夜のお店の雰囲気が出る噺って他にあまりないですよね。あのくだりはいいですよね。裏の、お客さんの目に入らないところで、小僧と女中が何かひそひそ内緒話をしているという。言われてみれば、そこが一番楽しいかもしれません、「芋俵」は。
寸志 ああいう雰囲気って、僕ぐらいのキャリアとか力で、その魅力を伝えようとしても、まだ力不足ですね。だから、憶えてはみたが、っていう感じかなあ。
杉江 寸志さん、「間抜け泥」はやられますよね。同じ泥棒の噺でもやはり違うものですか。
寸志 うーん、やっぱり違いますね。「芋俵」っておもしろいんだけど、ぼやあっとした噺だからかもしれませんね。
杉江 五代目(柳家小さん)が得意にしていたわけですけど、そこは「五代目の力があるとおもしろい」ということなんでしょうね、きっと。
寸志 そうだと思います。「気の早いお芋だ」ってサゲもなかなかいいじゃないですか。
杉江 落語っぽくていいですよね。演者が頭を下げてから、ワンテンポおいて笑いが来るタイプのやつ。ええと、アンケートを見てみますけど、「アホな子がいっぱい出てよかった」っていうのは、泥棒二人が天秤棒をどうかつぐかを議論しているあたりかな。
寸志 そういうことでしょうね。あの泥棒二人のうちの一人も馬鹿ですから。うーん、アンケートに「オチが難しすぎます」って書いてある。そういうご意見もあるぐらいで、やっぱり考えオチ的な雰囲気が伝わらない、伝えられない私が未熟、ということでしょうね。登場人物も多いんですよね。泥棒二人でしょ。与太郎でしょ。その相手をする番頭さんなのか手代なのかわからないけど、店の男。で、定吉がいて、旦那、いやそうじゃないか、たぶんそれはさっき言った番頭さんか手代同じ人か、「(俵を中に)しまっておきな」と言う人がいるし。で、お清どん。すごいですよ。
杉江 考えてみたら、お店の位置関係みたいなのもわかってないと理解しづらいかもしれませんね。今の商店と一緒にされてもいけない。演者が処理すべきことが多いわけですね。
寸志 はい。戸を開けたところに土間がある。表に立てかけておいた芋俵を転がして「中に入れときな」って言われますが、中ってお店のどこらへんの中なのか。そういうことを自分でしっかりさせておかないと、うまくできない噺でしょうね。

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■「野ざらし」

【噺のあらすじ】
隣の先生が夜中に女を連れ込んでいたことに腹を立てて乗り込む男。だが話を聞くとそれは釣りに行った川で拾ったどくろの幽霊だという。よし俺も骨を拾ってやると意気込むが。

杉江 次は「野ざらし」です。「落語といえば三代目(春風亭)柳好の『野ざらし』のことである」と、家元(立川談志)も言ってましたよ。
寸志 これは大好きで、学生時代からやってる噺です。唄も入れます。家元のやられた通りに言葉をなぞって、柳好師匠の唄というか前半の「半鐘の鐘がチャンチャン、鉄道馬車の鐘がガンガンガンガン、アー」ってやつですね。「鐘がガンガン、ボンボン」。あれは入れますね。パッパパッパ話せる噺なんで、得意だとも思っています。「四方の山々雪解けて、水かさ増さる大川の」とか、そこらへんの文句は口に乗せて気持ちいい。一人キ〇ガイ(一人が異常なテンションではしゃぐ状態のこと)の噺だから、お客さんが冷めているとやってても恥ずかしくなっちゃいますけど。僕の場合は高座上って一曲唄って帰ってくるぐらいの感じなんで、やっていても楽しくて楽ですね。
杉江 リズムとメロディで聴かせるという、寸志さんが得意にしているパターンですね。
寸志 まさに。内容なんか、たぶんお客さんに伝わってないと思います(笑)。
杉江 同じような噺でも「湯屋番」と違うのは、節があるところでしょうかね。唄が出てくる。
寸志 そうですね。僕はさいさい節を歌うのも好きですし、自分で言うのも気が引けますけど、唄は高座で歌ってもいいぐらいのレベルは保ってると思うんで、お客さんも決して不快には思わないだろうから。
杉江 アンケートの評価も高かったです。「あれば(評価五じゃなくて)六で」って言ってる人もいるし。寸志さんの名調子が聴けてよかったってことでしょうね。「最後まで聴きたかった」ってのありますけど、サゲまでやらないでしょう、寸志さんは。最後に野幇間が来ちゃううところまでは。
寸志 やらないです。
杉江 どうせやるんなら、あれで聴いてみたい気がしますけどね。拾った骨が実は三国志の関羽で、拙者の尻を貸したてまつらん、とか来ちゃうやつ。
寸志 「支那の野ざらし」(笑)。やれるものならやりたいんですけどね。なんとなく憶えておきたいし。でも、三国志に詳しくないと駄目ですよね。(立川)談之助師匠が大変に詳しくて、やられたことがあるんですよ。あの師匠、「三国志」もやりますからね。
杉江 予告なしに「支那の野ざらし」をやったら、お客さんびっくりしたでしょうね。そういうのがあるのを知らない人は、何が起きたのかって思いますよ。
寸志 でしょうね。「野ざらし」は家元がやられたのももちろん好きですけど、(柳家)小三治師匠もおもしろいんです。でね、「野ざらし」について言いたいのは、僕はこれ、釣りの噺としてはやらないんですよ。なんでみんな釣りのマクラをやるんですかね。ほぼ釣りの噺じゃないでしょ。一人キチ〇イの部分が主なんだし。
杉江 そうですね。
寸志 だから、一番短くやる場合は、「陽気がよくなってくると、おかしい、能天気なヤツが出てくるようで」、それだけで噺に入っちゃいます。僕は釣り竿(の仕草)も適当に、いや、適当になんて言ったら怒られますけど、それなりにやるだけです。そもそも人生で一度もまともに釣りやったたことがない。生きてる魚って気持ち悪くて触れないんですよ。でもやっちゃう。これも自分で言うのもなんですけど、私はそれっぽく見せるのがうまいんですよ。知ったかぶりとやったかぶりの半生ですから。
杉江 釣りの描写にはそこまでこだわる必要はないということですね。
寸志 そう思います。落研時代にやったのでは「こんな針なんぞあるからいけねえんだ。(テグスのところを口で引き裂いて)さあ~来い」「あ、この人、針なしでやってる」「当たり前だ。こんなもの……えい。竿もいらねえんだ」「あ、この人、竿なしでやってる」「竿がなくなってどうだ。俺なんか飛び込んじゃうんだ」「あ、この人サゲなしでやってる」っていう。
杉江 ひどい。
寸志 いかにも落研っぽいですよね。思い出した。あのころの俺、馬鹿だったなあ。でも、本当に好きなんで「野ざらし」はずっとやり続けています。

(つづく)

(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)

※「寸志滑稽噺百席 其の三十」は2月24日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催します。詳細はこちら。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。コロナ対策の意味もあるので、できれば事前にご予約をいただけると幸いですsugiemckoy★gmail.com宛にご連絡くださいませ(★→@に)。



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