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「第十四回 今回はバレ噺について。ちょっぴり大人の話ですよ、の巻(寸志滑稽噺百席其の十二)

杉江松恋(以下、杉江) 其の十二が二年目の最後になった回です。「転失気」「紀州」「嫁の力」、このときは「転失気」がネタおろしですか。
立川寸志(以下、寸志) いえ、「紀州」がネタおろしですね。「転失気」は前座でもやっていい噺ではあるので比較的早期に憶えています。

■「転失気」

【噺のあらすじ】
体調を崩して往診に来てもらったご住持。医者の「転失気はございますかな」の一言がわからない。珍念に「自分の勉強のため」と言い含めて意味を聞いてこいと使いに出すが。

杉江 僕ね、このころ(立川)だん子さんの「転失気」ばっかし聴いてたんですよね。だから久しぶりにだん子さん以外の「転失気」を聴いたと思う。
寸志 ほんわか系だから、だん子さんに合うネタですよね。でも、私にはあんまり合わない。そもそもあまりにもオーソドックスな噺なんで、当たり前にやらないようにしました。私の場合は大幅に変えたりはしないので、お住持をちょっとエキセントリックにして、「喝っ」とか言わせたりしてます。あとは、珍念が医者から帰ってきて花屋さんともう一回会うんですけど、そのときに「今度、食べさしてくださいね、てんしきの味噌汁」とか、少しくすぐりを入れるぐらいですかね。
杉江 アンケートに「ばれずにおなら」ってあるんですけど、なんですかね。
寸志 なんでしょうね。「ばれずにおなら」。
杉江 あ、わかった。これね、寸志さんが其の十一のときに「次はバレ噺大会にする」ってお客さんに言ったんですよ。それで三席バレ噺だと思っていた人がいたんじゃないですか。だから「ばれずにおなら」。
寸志 なるほどね。まあ、「おなら」も広く言えばバレ噺って言えなくもない。でも、「三席バレ噺ってあまりにもなあ」って思ったのか、他のバレ噺のネタおろしができなかったのか。
杉江 ああ、「嫁の力」以外のバレ噺が。
寸志 そうそう。「転失気」はですね、「この人のこの噺のほうがおもしろいから自分ではもうあまりやらないな」シリーズなんですよ。「親子酒」は(立川)らく兵兄さん、「元犬」は(立川)笑二兄さんがおもしろくて、最近は「あくび指南」が(立川)談洲くんのがいい。そういう部類に入るんです。
杉江 誰の「転失気」なんですか。
寸志 これも笑二兄さんです。最近そうでもなくなってきましたけど、やっぱりキャリアが近いから一緒に高座を勤めることが多かったんですね。そこで、兄さんの工夫が行き渡った噺を僕はよく聴いてるんですよ。で、以降はネタばらしになっちゃうんで自粛しますけど、ものすごく破壊力のある展開にもっていくウソを珍念が思いつくんですよね。しかも話の流れから浮いてなくてすごく自然なんですよ。もともと「転失気は盃のこと」っていうのが無理のある設定じゃないですか。それと比べても絶対にいい。それを聴いたら「この工夫に何をやっても、ちっちゃいくすぐりじゃかなわないな」と思っちゃって。
杉江 なるほどね。
寸志 そんなひとの噺ばかりしていても仕方ないんだけど、笑二兄さんのすごいところは、稽古の中で生まれた、ちょっとした疑問だとか違和感みたいなものをくすぐりにつなげていくんですよね。ほぼ改作に近いような、「元犬」なんかそうですし、本当に尊敬すべき兄さんなんです。だから笑二兄さんにはかなわないんですが、ときどき、ほんわかした雰囲気でやりたいな、みたいなときもあるわけで、そういうときに「転失気」だな、となることはあります。力入れたくないな、つったらおかしいですけど(笑)。
杉江 おならだしね。
寸志 そうそう。でも、こどもを笑わせたいときとかにやるってことはしませんね。僕の場合、「おなら」だけで笑わせるんじゃなくて、珍念がごまかした果てに「盃を話したい人とおならを話したい人の間にズレが生じる」というところに力点を置きたいので。おならという言葉だけでアハハと子どもが笑ってくれるようにやる噺ではないな、と思ってます。これは知ったかぶりをきっかけにしたすれ違いコントでしょう。だからすれ違いのところはもっと広げたいんだけど、「奥様と差しつ差されつ」みたいな台詞を増やすよう方向での押し方は、あまりしたくはない。だからまだ自分の中で「転失気」のどこをおもしろくすればいいのか、というのがまったくわかってないんだと思うんです。
杉江 じゃあ、あまり高座にはかけていないネタですか。
寸志 ええ、まあ、だん子さん今でももわりとやるし、前座の(立川)半四楼くんもよくやるから。あと、あまり最初のほうでこの噺するな、っていう考えかたの人もいるんですよ。「お客さんに来てもらって、いきなり屁はねえだろ」って話だと思うんですが。
杉江 まあ、それはもっともだと思いますよ。確かに、開口一番のおならはね。
寸志 あと、アンケートだと、「珍念が珍念らしかった(笑)」と。でも、「(笑)」だからなあ。僕は、珍念というかこどもにイマイチ乗れないというか、正直言えば苦手なんです。ただ最近「悋気の独楽」やって、定吉がちょっと手繰り寄せられたかもと思えました。
杉江 「悋気の独楽」の定吉はこどもらしいところとちょっとこまっしゃくれた部分が同居していていいですよね。
寸志 珍念もそういうところがあると思う。ああいうこどものキャラクターの定型が「転失気」をやったときはまだ掴めてなかったってことでしょうね。

■「紀州」

【噺のあらすじ】
徳川七代将軍が世継ぎの子なく亡くなる。御三家のうちから候補者を出す決まりであり、尾州候が江戸城で将軍になる気があるか否かを問われることになった。もちろん継ぐ気満々。

杉江 「紀州」いきましょうか。この二年目は先代(金原亭)馬生クールなんですよね。馬生噺がやたらとある
寸志 そうですね。馬生師匠の「紀州」は、特に晩年の音源はすごく多愛もないくすぐりが入るんですよ。「おなかすいたな」。「それで、山手線乗ってたら電車が止まって、『ごはんだー』。五反田だった」。
杉江 くだらなくていいですねえ。
寸志 僕今年で五十四歳ですよ。馬生師匠が亡くなった歳と同じです。その歳の自分が「ごはんだー」って言えないですからね。そういうところが大好き。大好きすぎて呪縛からまず逃れなくちゃいけないんだけど、「紀州」というのはやたらに短いんですよ。
杉江 馬生の音源も十数分というところですよね。短くてもあの味だからなんとかなるけど。
寸志 そう。このあいだの地噺論になりますが、私は地の自分のキャラで惹きつけるような演者ではない、と思っているので、普通の地噺にすると一席分の骨が不足しちゃうんです。だから「紀州」は、その時代の状況悦明から入りました。徳川十五代の将軍を全部言って六代家宣と七代家継の親子の話をして、「さあ、八代将軍をどうするか」という話題になる前の時間を少し設けました。当時まだCMの「こども店長」がまだ現役だったから「こども将軍」とか小さいくすぐりを振ってね。そこからは台詞のやりとりにしちゃったんですよ。尾州候(継友)と家臣の、これは名前は適当ですけどいわゆる三太夫ですよね。その三太夫が尾州候をおだてる感じ。「将軍」「なんだって。将軍だって?」「おやおや、ちょっと気が早うございましたか。こういうのには慣れていただきませんとね、将軍。よっ、この将軍。大将軍。日本一」「よさぬかぁ」みたいな。そこから江戸城での尾州候の内心もコミカルな独り言としてやったんです。もちろんサゲはそのままで変えてないですけど、そこまでの展開も地のしゃべりじゃなくて会話でなるべく持っていくようにしました。
杉江 アンケートに「侍たちの、勤め人の悲しさ、おかしさがいいですね」とありますけど、これは意図したものですか。
寸志 ああ、そっかそっか。そのヒントも馬生師匠です。評定が終わって江戸城を出る時のくだりですね、「尾州候がっかりした。お供の人たちもがっかりした。誰々もがっかりした。がっかりの一団が、がっかりしながら江戸城から」みたいな地の語りがあるんですけど、その「がっかりしてるさま」というのを家来たちの会話で表現したんですね。登城前のはしゃいでいるさまと対比するような形で「はあ」「何をやっておる。遅れるぞ」「ダメだな、こんなトップじゃ。転職しようかな」みたいなことを言うんです。そういう現代語を入れてしまう地噺風の展開なんですが、元は馬生師匠の「がっかり」です。
杉江 なるほど。よく膨らませたものですね。その一言から。

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■「嫁の力」

【噺のあらすじ】
息子に店を譲って隠居をする。そういう約束だが父親はなかなか決断をしない。息子は妻にせかされたこともあり、ついに父親と跡目を巡って勝負をすることになった。その方法とは。

杉江 そしてバレ噺の「嫁の力」です。
寸志 新宿の道楽亭さんでシリーズものとして「バレ噺掘り起こし」みたいな企画をやっていたんですよ。よくそんなのやってたな、と自分でも思いますけど。
杉江 誰が言い出したんですか、その企画は。
寸志 私です。
杉江 そうなんだ。
寸志 席亭の橋本さんから「なんかやるかい?」って言われて、「じゃあバレ噺を」って。そのころはまだパワーが有り余っていて、「小噺を掘り起こしたい。掘り起こして一席にするんだったら、あえてバレでやってみるぞ」みたいな力の入り方だったんですよ。結局三回で終わったんですけど、毎回一本ずつはバレの掘り起こしをやりました。その最初が「嫁の力」だったんです。逆に言うと「嫁の力」をやりたかったから企画を考えたとも言えますね。「すげえ小噺だな」と思ってましたから。そのあとが「合図の太鼓」「近所付き合い」です。「近所付き合い」は「近所交際」っていう名で新作っぽくやる人もいるみたいです。あと、ああ、四席やってますね。なんだっけな。「たこきん」か何かだと思います。
杉江 このとき、枕でバレ噺の成り立ちみたいなことを話されてますね。
寸志 そう、バレ噺って三種類あるんです。一つは「無知系」で、お姫様だとかお殿様の無垢な人が出てくる。次が「間男系」。これが割と多いです。最後が「法螺話系」。つまり「ものすごいでっかいアレ」とか、そんな話ですよ。くだらないけど、一番これが楽しいんですよね、罪がなくて。間男の話はどこか淫靡というか、罪悪感があるじゃないですか。
杉江 それに生々しいですよね。おじいちゃんが演じるならいいけど。
寸志 そうそう。まだまだ二ツ目がやるものでもない。で、最初の「無知系」というのは、もう現代人から見ればおかしくないじゃないですか。「お殿様が下々のことを知らない」みたいなのはね。無知を笑うっていうことに現代人はそんなにもう慣れ親しんでないでしょう。そういう三つある中の馬鹿馬鹿しい系の代表が「嫁の力」です。
杉江 このとき、途中でCDの鳴り物(お囃子)を入れましたよね。あれはオリジナルの演出だと思うんですけど、なぜですか。
寸志 大きいモノ自慢のおとっつぁんと若旦那が、商売ものの土瓶をいくつもいくつもそれにかけて、階段を上り下りするという場面ですね。この噺の最大盛り上がり地点ですよ。
杉江 モノが何かは各自想像していただくとして。
寸志 ええ、そのとき「よっ、よっ、よっ、よっ」「はっ、はっ、はっ、はっ」って腕組みして掛け声に合わせて階段上下しているとこに、お囃子入れたら馬鹿馬鹿しいでしょう。思い切り馬鹿馬鹿しくやりたかったんです。これは初演から入れてました。「鍛冶屋」、「トンカン、トンカーン」と鉦の繰り返しのあるお囃子です。何か別のいいお囃子があればお囃子のお師匠さんと相談してみたいですけど、今のところはいちばん合うのはあれですね。
杉江 他にやりたいバレ噺はありますか。
寸志 もうね、「やり尽くした」っつったらおかしいですけど。当時、バレの小噺ばっかり落語辞典から引いて見てたんですが、やっぱりさっき言った三種類に収斂するし、正直言って似たような噺ばかりなんですよ。バレ噺って似てますでしょう。
杉江 そうですね。
寸志 「嫁の力」の次にやった「合図の太鼓」は「無知系」ですね。何にも知らないお殿様が、初めてそういうことをすることになって、腰を振るために、三太夫が太鼓でドーンとやったらグッと押して、もう一度ドーンと押したらハッと引く。ドーン、はっ。ドーン、ほっ。それこそ袖で太鼓叩いてもらったらよかった。
杉江 想像しちゃった。くだらない。
寸志 これも仕草でやるんですよ。で、サゲは「うーん、三太夫」「ははっ。なんでございましょう」「苦しゅうない、早打ちにいたせ」と。それだけの小噺を、前半むちゃくちゃ作りこんだんです。江戸で生まれたお殿様を三太夫が国元に連れて帰って領地を見せる。ここにもう一つ小噺をくっつけてます。殿様が田んぼを見るんですね。「ここから米がとれるか」「左様にございます」「男と女がしゃがんでおるが、あれは何をしている」「あれは大方、田に生えました余計な草をむしっておるのでございましょう」「米造りというのは大変なものじゃのう。して、米は一年に何度できるのじゃ」「はい、一年に一度でございます」「ふむ。そのように長くかかるのか。百姓らも苦労なことじゃ」という会話をしている。その向こうでお百姓の若夫婦がつまりそういう営み事をしているんです。殿様がそれを見つけて、「あれは何をしておる」「ええ、その、あれは――」「苦しゅうない。申せ」「あれは、その、子造りでございます」「ふーむ。子造りというのは大変なものじゃのう。して、子どもは一年に何度できるのじゃ」「はぁ、一年に一度、まぁ大概は二年から三年に一度でございます」「左様か。そのように長くかかるのか。そのように長くかかるのに、どうしてああ急ぐのじゃ」という、こんな小噺なんですが。
杉江 「目黒のさんま」の前段に「鯛」の小噺が入るようなものですね。
寸志 で、そのあとくノ一が出てきます。
杉江 なんでだ。
寸志 茶屋のお婆さんのがくノ一で、実は百姓夫婦も仕込みなんです。で、その仕掛け全体は江戸にいるお父さんの大名、という荒唐無稽な設定にして、サゲはさっきの太鼓ドーンです。それは割と良い感じでおもしろくはできたと思うんですけど、ちょっと「嫁の力」のインパクトには勝てなかった。だいたい、そんな噺どこでできます? 日暮里サニーホールでのびのびとやる噺じゃないから。
杉江 それはそうですよ。自分の会でしかやっちゃ駄目だ。
寸志 でもね、マゴデシ寄席で「嫁の力」やったんですけど、むちゃくちゃウケたんですよ。
杉江 おお、よかった。
寸志 ウケたけど、その後に上がった二人ぐらいはやっぱりやりづらそうだった。やっぱバレ噺の後って、なんか雰囲気変わっちゃうんですよね。変な余韻を残しちゃった。全然配慮してなかったなと思って。
杉江 あ、トリじゃなかったんですか。
寸志 トリじゃない。だって落語会の最後でするのも恥ずかしいでしょ、これ。
杉江 ああ、だから先にやっちゃうのか。
寸志 でもやったらそういうことになるので、やっぱり自分の会でしかできないです。
杉江 あとは自分でもう一席、「狸」とかやってけじめをつけるか。
寸志 そうです。ほのぼのさせてね。やっぱり自分だけじゃない落語会向きの噺じゃなかったですよ。本当に悪いことをした。あのとき後に上がったらく兵兄さん、ごめんなさい。
(つづく)

(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)

※「寸志滑稽噺百席 其の三十」は12月23日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催します。詳細はこちらから。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。コロナ対策の意味もあるので、できれば事前にご予約をいただけると幸いです。上記フェイスブックのメッセージか、sugiemckoy★gmail.com宛にご連絡くださいませ(★→@に)。


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