見出し画像

世界で最も不幸なアーティスト Nick Drake "Pink Moon"

「この世に存在するアルバムで最も生物(なまもの)に近い」と私は勝手に感じています。そんなアルバムです。

概要
11曲収録で28分と、どの曲も大体2分程度の長さでありとても短く聴きやすい。発表年は1972年。そう。この年は音楽界隈では結構話題に上がる有名な年である。David Bowie "〜Ziggy Stardust〜"、The Rolling Stones "Exile On Main Street"、Stevie Wonder "Talking Book"、NEU!のデビューアルバムと…とにかく名盤揃いの恐ろしい年である。だが、この"Pink Moon"もこれらの名盤と肩を並べる、いや、もしかすると72年を代表するアルバムと言っても差し支えないほどの強烈なインパクトを持っていると私は思っている。曲はタイトル曲を除いて全て"アコギ一本"で作られた弾き語り型式の曲。なんともザ・シンガーソングライターな姿勢!その巧みな技術によって奏られるギターサウンドは魂が宿されており、まるで異世界に飛ばされたかのようなふわふわとした感覚を覚える。アコギの名盤として紹介されることもしばしば見かける。

Nick Drakeの人生
少しNickの背景を説明すると、彼はこれまでに2枚のアルバムを発表していたのだが、どれも不発に終わってしまっている。ライブをすることもあったらしいが、観客からは罵詈雑言の嵐だったそう。ついには、ステージで演奏中にやる気を失ってしまい、途中で自ら演奏やめステージを降りてしまう日もあったという。とにかくデビューした時から音楽活動が上手くいかない日々が続いてしまい、この3枚目のアルバム"Pink Moon"を制作している時期は常に鬱状態に見舞われていた。だが、残念なことにこのアルバムも売り上げは全く伸びず、諸説はあるが彼のディスコグラフィーの中で最も売れなかったアルバムだったそう。絶望に絶望が重なり、遂には精神安定剤として医師から渡されていた抑うつ薬の過剰摂取により自宅のベットで26歳という若さでこの世を去ってしまう。その時、部屋のレコードプレイヤーにはバッハの"ブランデンブルク協奏曲"が流れていたらしい…なんとも悲しい結末を迎えてしまったNickだが、彼の評価は死後どんどん高まり、2003年にローリングストーン誌が発表した「オールタイムベストアルバム トップ500」には発表アルバム3枚、全て選出されるという異例な評価を受けている。時折完璧なディスコグラフィーを持つアーティストとしても名前が上がる。絵画の批評でありそうなまさに"現代的なアーティスト"の評価のされ方である。ただ、彼の身内にいたアーティストや音楽プロデューサーは彼の才能をデビュー当初から高く評価しており、なぜNickは売れないのか?と常に話題になっていたそう。やっぱり売り出し方って大事なんだなぁと、いちYouTuberとして沸々思います。はい。

Pink Moonの世界
と、このようにNickはこのアルバムの製作時かなり精神的に追いやられていたということもあり、曲調は全体的に暗い。というか、端から端まで全て暗い。彼の歌声とその歌詞は生きた心地がすることの虚しさと寂しさの現れであり、悲観的な目線で生暖かい居場所を無我夢中に探っているように見える。アルバム曲は全て魂そのものが歌っているかのように聞こえる。とても"生身"。
Nickは何とか全てを受け入れようとしているのが歌詞から伺える。そしてとても受け身な姿勢をとっている。それはありとあらゆるものを超越しようと試みる姿勢である。これを保つことで、本来あるべき彼の世界のバランスを取り戻そうとしているのかもしれない。一刻も早く。さもなければ今すぐにでも崩れてしまう。さもなければPink Moonが全てを飲み込んでしまう。
というか、そもそも自分のための世界ではなかったのではないかとも思ってしまう。真実、ここはPink Moonの世界であったのかもしれない。Pink Moonの世界である「はず」だったのか(本来・真実)、ある「べき」なのか(示唆・理想)わからないが、どちらにせよ自分の世界ではない。残されたミッションは帰り道をゆっくり歩くだけなのだ。

ちなみに春休みの鬱状態の時、結構これを聞き返しました。もちのろんで、かなり刺さりました。鬱状態の方は是非一度聞いてみてください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?