Psy-Borg2~飾り窓の出来事④
今のお客もあと30分はプレイルームから出てこないだろう。流しっぱなしのテレビを消し、ラジオを切り替えると、待合室の掃除を始めた。
ショーケースに並べられたラブドール達。彼女達は微笑みながらこちらを向いて、微動だにせずに客に媚びを売る。眠ることもなく、わがままも、機嫌を損ねたりもしない。
怒ったり、泣いたり、笑ったりもしない。誰が誰の客を取っただの、乱暴に扱った客に対する愚痴も言わない。
よく知り合いには「人形に霊が入って夜な夜な怪異が起こるって話よく聞くじゃん。ましてや風俗街だぜ。色々な怨念とかありそうだし、気味悪くねえの?俺だったらそんな仕事ゴメンだな」と言われるが、不思議と俺は彼女達を気味が悪いと思ったことはない。
ショーケース用に派遣されてから、彼女達はまだ一度も男達に抱かれたことはない。そこに静かに佇んでいるだけだ。同じ型から生まれ出た姉妹達が、男達の性充足の相手をしている間、彼女達は一体どんなことを想い、何を感じているのだろう。飾り窓に並べられた彼女達は、娼婦であり、そして永遠の処女なのだ。
「マリア…ね」
俺の通っていた高校はクリスチャン系だったため、週に一回聖書を学ぶ授業があった。同じような名前が連なり、内容を理解することを早々に諦めた俺は、未だに聖母マリアとマグダラの娼婦マリアの区別がつかない。
そのためなのか、俺には今目の前に佇む彼女達がやけに神聖に感じるのだ。
ラブドールを取り扱っているメーカーの名前がマリアの名を冠しているのにも何が因縁めいたものを感じてしまう。
きっかり30分後、最後の客はプレイルームから出て店を後にした。
シャッターを閉め部屋にいるラブドールのメンテに入る。服を脱がせて洗浄と消毒をする。破損がないかチェックしパウダーをつけ、もう一度服を着させると椅子に座らせてポーズを整えた。
視線を落とし、憂い顔の彼女はただじっと次の客を待つ。不特定多数の男達にその身をあずけ、その欲望を満たすために不平も不満も言わずにその身体が「破損」するまで奉仕する。
プレイルームの彼女は、分身である飾り窓に佇んでいる姉妹たちをどう思っているのだろうか。
俺は大きく一呼吸して、そんな思いを打ち消すように「くだらねえ」と呟いて、プレイルームの電気を落とし部屋を後にした。
ベッドに腰掛け、行為後の一服を吸う。
チアキはうつ伏せになりながら息を整えてる。体を特有の疲労感が襲う。彼女はベッドからゆっくりと立ち上がり
「シャワー浴びてくるね」
とシャワールームに向かった。
「おい、そのカチューシャ外してけ」
チアキは「ああ、ゴメン」と言ってレイジにそれを手渡した。
「ところでさ、それなんなの」
「ヤッでる最中に髪でお前の顔が隠れるのがやなんだよ」
チアキは後ろからレイジを抱きしめると「あら嬉しい」と呟いた。
「大事なものなの?」
「ああ、お袋の形見だ」
「あら?意外とマザコン」
「悪いか?」
「別に〜」
そういうと、チアキはシャワールームに消えていった。
レイジはカチューシャを睨みつけるように眺めながら、念入りに破損がないかをチェックする。
(これは研究だ)
彼自身女性との交渉でオルガスムを感じたことはない。幼い頃のトラウマもあるかもしれない。こうして何人もの女性と関係を持つのも、己の研究のためだ。大事そうに特製ケースにカチューシャを戻すと、帰り支度を始めた。
「なに?もう帰っちゃうノォ?まだ時間あるからもう少し一緒にいようよ」ガラス越しにその様子を見ていたチアキがドアから顔を出して甘えた声を出す。
「悪いな、明日朝から大学でやらなきゃいけないことがあるんだよ。じゃあな」
「冷たいなぁ、今度はいつ会える?」
「いつかな」
そう言ってレイジは部屋を後にした。
つづく