飾り窓

Psy-Borg2~飾り窓の出来事⑯

ドアの隙間から見たその光景は、まるで神話の一場面を切り取っているかのようだった

「ルナの姉妹」を抱きしめ、耳元で囁くレイジの仕草はどこか魔術的な儀式のように思えた。

俺は慌ててその場を立ち去り、スタッフルームに駆け込んだ。

(何をやっていた?あいつは何をやっていた?)

体を洗っていたわけでもない。

作業をしているようにも見えなかった。

ただ愛おしそうに人形の首に手を回して抱きしめ、なにかを耳元で囁いていた。

俺は幼少の頃に見た故郷のある風景を思い出していた。

周りを山に囲まれた古い共同体が残る東京近郊の町。

田畑や裏山に新築の家が建ち、因習が廃れ始め、ベッドタウンになろうとしていた発展途上の街。夜は街灯で照らし出され始め、闇が削られていく。

それでも旧家であった俺の家では、6年に一度、大きなつづらに入った地蔵菩薩を各戸に回す風習があった。扉には人形がいくつも吊るされ、異様な雰囲気を醸し出していた。夜中の1時を過ぎて、裏口からその地蔵が入ったつづらを背負い、「たまかえしましょか たまかえしましょか」と声をかけ、受け取る家は床の間にそれを飾り供物を捧げるまで絶対に声を上げてはならない。

その後家人一人一人が、地蔵の首に手を回し「よりませ よりませ」と語りかけるのが決まりだった。薄気味悪くて、とても嫌な気分になったことを思い出す。

「古い因習だな。おそらく地蔵講の一つだろう。昔は新生児の出生率は低かったからな」

「地蔵講?なんで村でそんなことを」

「昔は村全体の共同体意識が強かった。子供はその共同体にとっては貴重な労働力だ。だからこそ村全体で子供育て、亡くなった子供も村全体で菩提を弔ったんだろう」

「あの薄気味悪い決まりごともそういうことなのかな」

「おそらく「たまかえしましょか」ってのはその家の子供の霊を他で供養していたから、その魂を返しますよって事で「よりませ」ってのは水子の霊があの世で迷わないように、お地蔵さんを依り代として、賽の河原を渡り、極楽浄土に行けるようにするために霊を呼び込む儀式なんだろうな」

そんなリョウスケとの他愛のない話を思い出す。

今ではもう講は解散して各戸を巡っていた地蔵菩薩は町外れにあるお寺に安置されているらしい。

リョウスケから、そのほかにも人形にまつわる怪談をいくつか聞いた。

髪の伸びる日本人形。襲いかかる西洋人形。人形がテーマのホラームービー。

有名な生き人形の話合理主義的なリョウスケらしく、一つ一つ論破しながらも、エピソード自体は、この仕事に就いた俺を煽るようにけれんみたっぷりに話しをしてくれた。おそらくはこれから人形相手に特殊な仕事をするにあたって、戯れに話をしただけだろう。

「まあ、結局心霊現象なんて、俯瞰から見ればほとんどは勘違いと後付けで構成されてるのさ、ましてやお前はこれからその人形たちを使う立場だからな、怪奇現象とかそんな事気にすることないんだよ」

最後にそう言ってくれたが、どこか俺の気持ちの中に、そういった人形たちのエピソードが残っていた。

(レイジはなにをやっていたんだ?)

俺は飾り窓に佇む「ルナ」を思い浮かべていた。

(もしかしたら、あいつは人形に魂を吹き込む儀式をやっていたんじゃないのか?)

故郷の地蔵講の話と共に、リョウスケの話で興味深かったのはユダヤ秘教に由来する「ゴーレム」の話だった。泥人形に秘術を使うことによって、従順な召使を作る話で、俺はよく知らなかったがその界隈ではデフォルトでよく使われる話らしい。

「まあ、泥人形に魂を入れて従順な召使を作るっていうんなら、神が最初に作った人間、アダムも、神が土に息を吹きかけ創造したという点では、最初のゴーレムとも言えるかもな」

「俺たちもゴーレムの子孫ってわけか」

「そういう事だ」

儀式によって人は生まれる。魂は儀式によって吹き込まれるそんな想いが、なぜか俺の心にこびりついて離れなかった。

レイジのあの人形にささやきかける様子を覗き見ていた俺は、すでにそうとしか考えられなくなっていた。

やつのプライベートは謎に満ちている。

人工知能の研究をしているというが、本当なのか?古い奇習や黒魔術を習得して、生命のないものに魂を吹き込む術を身につけたんじゃないのか?

今日のルナからの誘惑も、その影響じゃないのか?

そんな思いが俺を覆い尽くしたまらない恐怖に包まれた。

つづく

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