Psy-Borg2~飾り窓の出来事⑭
(嫌な本が置いてやがるな)
レイジは机に置いてある本を見つけ拾い上げると、顔をしかめてペラペラとページをめくった。
ー人形に魂を入れるなんて怪談話みたいですねー
「比喩ですよ比喩。なにもオカルト話をするつもりなんてないんですよ。昔から芸術作品がそうであったように、皆なにかを表現したくて、そこに感性と技術を注ぎ込んで作品が今に残ってるんですよ」
―ラブドールに芸術性を持たせているのだとそういう意味ですか―
「うーん。どういったらいいかわからないところなんですが、実用性を持ったラブドールが芸術作品になるというわけではなくて、芸術作品に実用性が付属しているというか…」
―難しいですね…―
「わたしも言っていて良くわかりませんよ(笑)ただ、完全じゃない完璧な「人」を作りたい、と、まあそういうことかもしれませんね、彼女たちと接することで、買っていただいた方達が、性欲を満たすだけではなく、愛情も満たせるようにしたいですね」
誰が買ってきたのかわからない。大方ジュンイチあたりが親父のインタビュー記事目当てに興味本位で買ってきて、途中で諦めたのだろう。愛情、愛情というが、自分の息子には、それすらもできない単なる夢想家の戯言だ。
レイジは「チッ」と舌打ちすると、机の上のその雑誌を無造作にゴミ箱に捨てた。
「お疲れ様です」
各部屋のチェックから帰ってくるとスタッフルーム部では、すでにレイジが着替えをしていた。俺は弱々しく「おう」とだけ言うと机に座り、パソコンの電源を入れた。
あの時、ルナは愛おしそうに目を細め、俺を見つめていなかったか?
今にもその手を首に回し俺を抱きしめようとしなかったか?
俺からの接吻を待ち望んではいなかったか?
計算表を立ち上げ、ぼんやりと画面を眺める。出納帳の数字の羅列が視界をさまよい、いつか見たサイバーパンクSFのワンシーンのように、せわしく明滅しながら数字が流れていく錯覚を覚えた。
「なんか、幽霊にでもあった顔してますね」
レイジが鏡を見て身なりを整えながらボソリと言うと、俺は我に帰りマウスを動かした。
「人形でも動き出しましたか?」
俺は驚いて彼の方を振り向いて問いかけた。
「お前、何か知ってるのか?」
「なんのことです?」
レイジは怪訝そうにこちらを見つめるとそう応える。
「いや、なんでもない…」
レイジはフンっと鼻で笑うと、そのまま部屋を出ていった。
疲れているのだ。一瞬の気の迷いでちょっとボーとしただけだ。あれはただの錯覚だ。ルナから誘ってきたなど、人形に魂が入り込むなんてありっこない。それにラブドールにキスをしたからってなんだと言うんだ。ちょっとしたイタズラじゃないか。拝借して遊具にしたわけではない。いくらそう言い聞かせでも、俺の心の中は聖処女を犯してしまったと言う背徳感が包み込み、俺はその日一日気持ちが晴れることはなかった。
つづく
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