Psy-Borg2~飾り窓の出来事⑳
俺は部屋の明かりを消し、もう一度ベッドに潜り込むと、目を閉じた。
シャー シャワールームから音が聞こえる。
帰ってきてからシャワーを浴びた覚えはないが、もしかしたら浴びたかもしれない。そんな記憶も曖昧になる程疲弊しっきっているのだろうか?
俺は重い身体を持ち上げて、ゆっくりとシャワールームの扉を開けた。口から雫が滴り落ちてはいるが、使いはなしをしているわけではない
(寝ぼけてるんだな)
大きな溜息をついてまたベッドに寝転んだ。スマホの着信がなる
(なんだよこんな時間に)
ちょうど店が閉まり、片付けをしている時間帯だ。何か問題があったのかもしれない
「もしもし」
うふふ…
女の笑い声が聞こえる。
カタ カタタ カチ カタタ カタ
物音がするが、相手は一向に話そうとしない。
俺はそのまま電話を切った。
するとまた着信音が鳴る俺は電話に出ると、今度は応答せずにいた。
…よ、…だして…
ねえ… ここから…
ガタ カチン ガタ
その音に耳をすます。
ガラス戸同士が当たるような高い音。
カチャ。
何かを外す音。俺は再び電話を切った。間違い電話か、いたずら電話か。いずれにしろ迷惑極まりない。
また着信音が鳴る
「もしもし!」
今度は威嚇するように、はっきりと声をあげて相手の反応を確かめた。何も返事がない。街の喧騒がかすかに聞こえる
「いたずらか?なら切るぞ、もうかけてくるな」
…今から行くからね…
突然全身が凍りつく感覚が襲ってきた。そのまま何も言わずに電話は切れた。なにかが近づいてくる。そう直感したなぜか俺の脳裏に飾り窓に佇むルナが浮かんだ。 携帯を確認すると、一本の非表示通知の着信履歴が表示されている。
(今から行くからね)
彼女は確かにそう行った。
喉が渇ききり、何度も唾を飲み込んだ。
息が荒くなる、部屋は外の外気と変わりないのに、なぜか汗がにじみ出てきている。
何かにのしかかられているような、そんな感覚が伝わってくる
…ねえ…
誰かが俺の耳元で囁く、そのまま俺は転げるようにして部屋を飛び出した。
あのガラス戸同士が当たって擦れるような音は、彼女がショーケースから這い出る時に出た音に違いない。
鍵を開けて、彼女はおぼつかない足取りで、街に出た。なにかがルナに憑依したのではない。何かによって彼女が心を手に入れたのだ。彼女は俺に恋い焦がれ、魂を手に入れて、俺に会いに来ようとしているのだ。
冗談じゃない!そんなことあるはずがない。
理性で考えようとしても、感情の方が暴走していく。
ルナは美しい。
男の欲望を体現したような容姿と肢体を持ち、神々しいほどの輝きと清浄さを持って、いつも飾り窓の中に座っている。
彼女が美しければ美しくあるほど、そこに入り込んだ。人を突き動かす心のありようが、異形の者達のこの世ならざる者達のそれとシンクロしていく。
例えようのない恐怖が俺を襲う
(逃げなければ、ここから、ずっと、ずっと遠くに、彼女が追ってこれない場所まで)
きっと彼女は俺を異界へと連れて行こうとしているに違いない。
どのくらい走ったかわからない。ついに息が上がり、俺は公園の遊歩道の前でへたり込んだ。街灯のない奥へとつづく小道はその闇を一層濃くしている。(ルナ)今にもそこから彼女が浮かび上がりそうな錯覚を覚えた。
「何してるんですか?店長」
不意に後ろからかけられた声に、俺は悲鳴をあげて這いつくばるように逃げ出そうとしたが、完全に腰を抜かしてしまったのか、立ち上がることすらできなかった。
つづく
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