Psy-Borg2~飾り窓の出来事⑤
「店長知ってます?」
同じタイミングで各部屋が予約で満室になり、飛び込みの客も少ない週半ば、受付のあるスタッフルームでもう1人のアルバイトであるジュンイチが雑誌から目を離さずに声をかけてきた。
「何が」
俺も予約表と出納帳を眺めながら答える。
「レイジの会社」
「だから何が」
単なる時間つぶしの戯れ、実のある会話などハナから期待はしていない。
「もとは何の会社だったか知ってます?」
俺は次の定期メンテナンスに出す三体のラブドールの資料を取り出して、日程を確かめた。
「アダルトグッズなんかじゃねえの」
何ヶ月かに一度マリアフレーダー社で本格的なメンテナンスを行う。破損が多い場合は同じ「女の子」が「派遣」される。
「じゃないみたいですよ」
いつもなら「ふーん」などと受け流すのだが、何か引っかかるところがあって「何だったんだ?」と問い返した。ジュンイチもいつもと違う俺の受け答えに一瞬戸惑いながらも話を続けた。
「障碍者用の義手、義足あるじゃないすか、あれ作ってたみたいですね」
俺は意外な前身にちょっと驚いて「随分高尚じゃねえか」と返した。
「なんか、超有名だったらしいっすよ。くっつけたら本物みたいに自分でモノ取れるとか、ぶつかったら痛いって感じたりとか」
もし本当にそんな機能があったら凄いが、俺は話半分で聞いていた。
「なんか、こう頭に電気ビリビリって通してわからせるって」
「なんだよ、そりゃ」
「いや、よくわかんないっすけど」
いつも不確かな情報をまるで自分が経験してきたように話す癖のあるジュンイチの常套句だ。
「で、こっからなんですけど。あの社長の元奥さんって凄え金持ちの令嬢だったらしくて、凄え美人だったんすよ」
以前世間話からそんな話を社長の晋二郎としたことがある。レイジはその前妻との子供で、社の後継者が欲しかったために彼を引き取ったのだと聞いた。
「で、副島のおっさんはその奥さんの実家から金もらって会社立ち上げたんですけど、もう1人共同経営者がいて、そいつと一緒にやってた時は義手製作とかやってたんだけど、喧嘩別れして、アダルトグッズやりはじめたんですって」
大雑把な説明だ。大方どこかの雑誌の特集を斜め読みして得た中途半端な情報を言っているのだろう。
「で、本題なんすけど、その一緒にやってた奴と奥さんが不倫したらしくて、それに激怒したおっさんがそいつを馘にして、奥さんとも別れたんですって」よくあるゴシップネタだ。俺はまた予約帳に目を落として聞き流しはじめた。しかしジュンイチはどこかスイッチが入ったらしく興奮したように話を続けた。「俺ね、レイジってその不倫の時の子供だと思うんですよ」
「おい、あまり憶測でそんなこと言うなよ」
いきなりそんな憶測を言い出したジュンイチをたしなめる。
「いやぁ、だってあのオヤジっすよ、どう考えたってあの国宝級の無愛想が生まれるわけないじゃないっすか。なんか辞めた奴も研究者だったらしいっすから、レイジもそれ受け継いでるんじゃないんっすか?きっとそうっすよ。もしかしたらあいつもそれ、知ってんじゃねえのかなあって思ってるんですけど」
俺は手元の時計を見て、そろそろプレイ時間が終了するのを確認し、ジュンイチの方を向いた。
「そんなこと、レイジの前で言うなよ」
「言えねえよ。そんなこと言ったら俺石になっちゃいますよ。そんなこと言ってあいつの爬虫類並みの冷たい目を見られたら、ゴーゴンみたいに石になっちゃいますよ」
色々間違っているが、言いたいことはわかる。俺たちはそこで話を区切り仕事に戻ったが、俺はその日一日その事が頭から離れなかった。
つづく
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