Psy-Borg2~飾り窓の出来事⑦
1ケ月に数回ある貴重な休みの日、俺は友人のリョウスケと安めの大衆居酒屋で、随分と遅くなった「店長就任祝い」なる名目で飲んでいた。
「なんだお前、自分のところで扱っている商品の事、何も知らないのか?」
「商品なんて言ったらカミナリ落ちるよ」
リョウスケとは大学の時に同じ学部で、たまたま同じゼミだった頃からの仲間だ。
「マリアフレーダー社が今のラブドール製造に乗り出したのは、20年程前だ。当時からハイスペックなラブドール一筋なのは、今言っていた前身会社の義体造形技術が秀でていたからだろうな」
奴は俺と違って出来がいい。大手企業に就職し、今ではマーケット開発事業部のマネージャーとかいうことをやっているらしい。
「会社名は古典映画フリッツラング監督の「メトロポリス」の二人の主人公、マリアとフレーダーから取ったようだな。副島氏らしい」
「それ、どんな映画だ?」
俺は映画はまるっきり詳しくない。せいぜい話題の映画を乗り遅れない程度に見ているだけなので、ほとんど内容など覚えていない。
「1920年代にドイツで作られたSF映画だ。ざっくり言えば未来都市での富裕層と労働者の闘争を描いた映画かな。富裕層の御曹司フレーダーと労働者階級のマリアとの切ないラブストーリーに、マッドサイエンティスト・ロートヴァングが作ったアンドロイドが介在する…という感じだな」
何のことだかさっぱりわからない。
「その偽マリアであるアンドロイドの造形が、なんというか、こう、美しいんだよ。普遍性というかさ…」
「と、ところでさ、なんでおっさんの会社はラブドール製造に鞍替えしたんだ?」
俺はあわてて話を制止した。リョウスケがこういった話に興じると常人が踏み入れない程にマニアックになる。彼はちょっと不満げな表情を見せたが、話を戻した。
「ああ、もともとは副島と、技術部門を担っていた月島幸次という2人で立ち上げた会社だったんだが、造形を極めたい副島と、機能を重視したい月島が対立して、研究者である月島が出て行ってから、造形重視の方向性になって、今のラブドール製造につながったんじゃないか?」
俺は先日ジュンイチから聞いた話を思い出していた。
「その月島って人は今何やってんだ?」
ゴシップ的な見方をするならば、レイジの実の父親はその月島という事になる。
「さあ、よくは解らんが、あれだけのことをやっていたんだ。どこか大手の会社の開発部門とかに拾われたんじゃないのか?」
「あれだけのこと?」
「義肢っていうのはどんなに本物そっくりにできたって、痛みもなにも感じないだろう。月島は義肢、義体を通して、触られたという感覚をその人に感じとってもらえるような機能を取り付けたいと思ったんだな」
「そ、それってできたのか?」
「そんなの出来たらノーベル賞もんだろ」
リョウスケは頬張った焼き鳥を、ハイボールで流し込みながらそう答えた。
「まあ、製品化できなかったってのが正解だろうな」
俺は空になったグラスをかざしてお代わりを求めると、彼の話の続きを待った。
つづく
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