飾り窓

Psy-Borg2~飾り窓の出来事⑧

「人間は外部からの刺激を、皮膚にある受容細胞が電気的シグナルに変えて神経から脳に伝わって、それを脳が処理して痛い、あったかい、冷たいだのって感じるわけだ…。シナプスだ、ニューロンだって言ったってお前、わからんだろう」 

その通りなので軽くうなづく。

「義肢の中に特殊なファイバーを張り巡らせて疑似神経を作り、そこから出る電気的シグナルを本来の神経につないで、皮膚感覚を感じさせようってわけだ」

「すげえじゃねえか」

3杯目のハイボールを店員から受け取ながら、感嘆の声をあげた。

「でも、外科医でもないのに直接神経を繋げるわけにはいかねえからな。義手からコードをヘッドギアにつないで、外から脳に微弱な電流を流して感覚を伝える事しかできなかったわけだ」

ジュンイチが言っていた「頭に電気びりびりって通して」というのはこのことを言っていたのだろう。

「それが何か問題なのか」

リョウスケは煙草に火をつけ、紫煙を吐くと話を続けた。

「ヘッドギアつけて、コードだらけの状態で日常生活はおくれんだろう」

確かにそう考えると実用性は低いかも知れない。

「それでも、ある程度の成果は残したと聞いているけどな」

俺も煙草を取り出して火をつけた。

「しかし、よくそんなもの作れる資金があったよな」

「副島の一人目の奥さんは戦前から続く砂倉財閥の御令嬢だぜ。社会貢献事業を推進している娘婿の会社の研究資金ぐらいなんてことないだろう」

ジュンイチの話では、月島がその奥さんを寝取ったことで、不倫がばれて袂を分けたことになる。

「なんで別れたんだろうね」

平静を装うように、しらばっくれて話をそちらにむけた。

「副島氏は自分の容姿にコンプレックスを持っていた。だから余計に造形にこだわったんだろうな。より本物に近い美しいものを作りたいと思った。それと商才もあったから、早く商品化をしたかったんだろう。あくまでも研究開発で完璧を目指し、商品化に賛同しなかった月島とそりが合わなくなるのも当然だろう」

どうやら副島と月島が別れた理由と受け取ったらしい。

「お、奥さんとは」

話しの流れがおかしいと思ったが、むしろそっちの理由のほうが知りたかった。リョウスケは訝しげな顔をしながらもそちらの方に話を向けた。

「まあ、障碍者のために義体を作っていた娘婿の会社がいきなりアダルトグッズ製造に変わったんだ。社会的な対面から考えれば、親が別れさせたってのが実際のところじゃねえのか?」

ジュンイチから聞いた話の裏付けを期待していたのだが、リョウスケからそう言われると、なんだかそう思えてくる。

「ところでお前、取り扱っているラブドールの値段って知っているか?」

いきなり話を振られて戸惑いながら、

「三十万から五十万じゃねえの」

「百五十万だ」

予想していなかった値段にむせ返りながら、驚いて彼を見た。リョウスケは逆に驚いたような、呆れたような顔をながら話を続ける。

「人間の体は複雑だ。たとえばこう、手を伸ばした時と、曲げた時では筋繊維の伸び縮みで硬さが違うだろう。皮膚感覚伝達用に使った疑似神経の特殊ファイバーが、図らずもそれを表現することを可能にしたんだ。月島が去った後、副島は解剖学を勉強し、その特殊ファイバーの伸縮性などを利用して、より本物に近い肌触り、というか触感を作り出したってわけさ」

ラブドールと言ったってビニール製の一万円程度のものから、シリコン製やエラストマー製の七十万以上するものもある。

「高級ラブドールって言ったって、お前が言っていた三十万から五十万てのが相場だ。シェアでいえばまだほかのメーカーから見ればそれほど広まっているとは言えないが、年間の売上額を見ると常に上位にいる。単価が高いってのもあるが、それにしても安定した顧客層は獲得していると言えるだろうな」

リョウスケは残ったハイボールを一気に飲み干すと、

「副島社長から細かい客層の記録を取るように言われてないか?」

それは以前直接レイジに社長が言っていたが、その時も「俺、人に興味ねえから」と言って親父を呆れさせていた。今は俺が用意されたチェックシートに記入して渡している。

「認知度が上がれば、需要が高まり、量産化が可能になって単価が下がる。そうすれば、より販売層が広がる。そのための顧客データを集めるとなりゃ、お前の店みたいのが必要になるってわけだ。年齢、職種、性癖、外見から想像できる社会的地位とかな。そうしたデータから顧客ターゲットを絞ってプレスで紹介したり、情報提供してシェアを増やそうってのは基本だ」

俺はぽかんと奴をみながら

「お前ってすげえな」

「マーケット開発部」とリョウスケは自分を指さしながらおどけて見せた。

「お前、このまま続けていたらマリアフレーダー社のマーケット開発部門に引き抜かれるかもな」奴は笑いながらそう言ったが、俺は社長椅子に座って、じっとこちらを見つめるレイジを想像して、それだけは絶対に御免だと思った。

つづく

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