Psy-Borg2~飾り窓の出来事⑩
ショーケースに入っているラブドールは全部で5体ある。
特に人気のある人形はプレイ用が何体か準備されており、店では計15体を常備している。
妖艶であったり、ロリータであったり、グラマラスであったり、スレンダーであったり、お客の要望に合わせてカスタマイズもできる。「この子の顔で、この子の体」という注文にもできる限り応じることにしている。
彼女たちはまるで生きているように、部屋で静かに佇んでいるが、裏で準備をしている我々は毎日が大晦日の大掃除のようにあわただしい。
プレイ用の娘たちのメンテナンスはレイジやジュンイチが請け負うが、ショーケースの整備は俺が担当している。
週に一回衣装を着替えさせたり、配置を変えたりしてディスプレイを変えている。
過度な肌の露出を控え、あまり動きのあるポーズをさせずに、正面に立っても視線が合わない角度に顔を傾ける。
はにかむような表情をさせ、お客を静かに迎え入れるかのように、男が望む貞淑な女性を演出してやる。
彼女たちは娼婦でも製品でもなく。
聖なる処女…。
なぜかそう感じるのだ。
マリアフレーダー社の「娘」たちの名前は副島社長の意向で世界各地の女神たちの名前が付けられている。そう言ったこともそう思わせる原因の一つかもしれない。
イシュタル ルサールカ フレイヤ セドナ。
癖のあるおっさんのことだけあって、馴染みのない名前ばかりだ。誰一人として知っている名前がない。言われなければわからないだろう。
せめてビーナスやマリアとかつけてくれるとわかりやすいのだが・・・。
しかし、みんな平等に扱っているつもりなのだが、やはり長く彼女たちと過ごしていると、お気に入りができてくる。多少後ろめたさを感じながら、つい彼女だけ念入りに準備してしまう。
彼女の名は「ルナ」
涼しげで、笑顔を湛えながらも、憂いを持った表情をしている。体はグラマラスで髪は若干茶色がかった黒髪だ。名前と違って造形は異国的な雰囲気はなく、東欧的で馴染みやすい。
しかし、好きな女があまりちやほやされすぎると嫉妬を感じてしまうように、俺はつい彼女を後方に回らせて、目立たない位置に配置してしまう。
「てーんちょー、またそれ後ろですか?人気商品なんだから前にしてくださいよ」
ほかの従業員はショーケースのディスプレイに何の興味もないのか、一切文句を言ってこないが、レイジはさすがに息子だけあってそこは注文をしてくる。
これも歪な愛情の表現なのだろうか?
俺はいつもしぶしぶと彼女を前に出す。
他にプレイ用に2体以上用意されている彼女の姉妹たちがいる。
造形は似ているが、彼女たちはショーケースで微笑みながらポーズをとっている「ルナ」とは違う。
しかし心のどこかでその快楽と苦しみを共有しているのかもしれないと思うことがある。そんな時俺は、その客に愛撫されている様を思い描き、やるせない様な、怒りにも似た嫉妬の感情が襲ってくるのだ。
しかし
(アニメのキャラに恋したり、アイドルを神聖視するオタクじゃないんだ)
そういって気持ちを振り切ろうとすることもこの頃多くなってきた。
だが、俺は知っている。
俺は愛想や世間体といった外殻だけが強化されて内面は置いてけぼりなのだ。
心で繋がり合う人付き合いが出来ず、外面だけで生きている。
俺は外と内がちぐはぐなサイボーグにしか過ぎないのではないかと。
ただ外殻だけが勝手に動いているだけではないのかと思う。
人との繋がりなど、空虚な遊戯のように感じる時がある。
セックスだって、今まで一度だって心の繋がりなど感じたことはない。
そこにあるのは肉体の快楽だけだ。
だとしたら俺と釣り合うのは外殻だけの、ここにいるラブドール達なのではないか?
「店長、オープン」
ショーケースの前でついぼんやりとルナを眺めていると、レイジに声をかけられた
「お、おお、自動ドアのロック外してくるから、部屋の電気点けてきてくれ」
動揺を抑えながら、努めて冷静に返したつもりだが、奴のちらっと見せた冷笑からまるで隠せていなかったことがわかる。俺は大きくため息をつくと、
「ほんと、くだらねえ」
そう言って、いつもの日常に戻っていった。
つづく
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