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東口のニューデイズに18時半、過疎化、ベレー帽

晩夏。
ジリジリと肌を突き刺す日射しが真上から真横に変わる時頃。蜩の歌声が遠くに見える山々へと逃げていき、今日という日をさらっていく。

影という影が背を伸ばし、共に手を繋ぐ。影という影は抱き合って、ひとつになる。静けさと柔らかな暗闇が、静かな不安を一緒に連れてくる。

明かりはある。
ロドプシンが再び明かりをくれる。

一度歩みを止めてみると、真昼よりも生の歌声が響いていることが分かる。星たちがアンバランスな光を届けて、昼よりも眩しい。せわしない生の瞬きの中に、私はほんの少し参加する。歩みを進める。

旅館「楼雲閣」の晩飯はうまい。
筍の煮つくり、ひじき、高野豆腐、若鶏の卵とじがくぐもってグツグツと私の箸運びを今か今かと待ちわびているようだった。ホクホクと湯気で手招きするのは、真珠のようなご飯粒たち。スヤスヤと眠るお味噌汁を箸でかきまぜて、寝起きのまま一気に啜る。

窓からは夜風がただよい、わたし以外の人間の音はしない。過疎化が進んで、昔のように夜にこっそり家を抜け出して、星座を見上げてはしゃぐ子どもはいないのかもしれない。わたしもそんな悪餓鬼のひとりであった。

「龍ちゃん、やめとこや、またこっぴどく叱られるやん!」

「シーッ!おまえがそーやって大声で喋るからみつかったんや、おまえが静かに、おれのゆうこと聞いとったらあんなんに怒られることなかったんや」

わたしはよくこれくらいの時間に家をこっそり抜け出しては、隣の三樹ちゃんを誘って、三樹ちゃん家の屋根に一緒にのぼった。わたしは星が好きだったので、三樹ちゃんにこうして授業をしたのだった。

「あそこが織姫星、あそこが彦星。二人の間にはたいそうでけぇ天の川が流れとる。やから二人は中々会うことができん。」

「どうやったら会えるようになるん?」

「一年に一度だけ、橋がかかるんや。それを渡って、二人は一緒に話をすることができる」

「彦星さんは、まだウチのこと好いてくれてらっしゃるやろか」

「当たり前や。何光年先やろうと、片時も織姫のことを忘れた時はない」

「うれしい!」

「(間)そんな感じやと思う」

「龍ちゃんは、お星さまやろ?」

「なにがよ?」

「片時も忘れんの」

「そんなことないで!」

その日、勢い余って屋根から落ちた。こっぴどく怒られるかと思ったが三樹ちゃん家のおばさんはイヤに優しかった。

部屋のドアがあいた。
わたしは特別驚きもしなかった。よくあることだ。

「よぉ、帰っとんたんか!歳くったの!」

「たっちゃんこそ、髪の毛ないやんか」

「アホか、これはオシャレじゃ、ツーブロやツーブロ」

たっちゃんとわたしは酒をつまみに互いの空白を埋めていった。これで外の生の歌声と少しは張り合えたと思う。

「なんや、お前、この、あれか、手塚治虫みたいな帽子」

たっちゃんはそういってわたしのベレー帽を手に取った。

「ベレー帽や、目印としてな」

「なんの目印や?」

「三樹ちゃんにおれやって気づいてもらうためや」

「なんや、三樹も帰っとったんか、おまえらはいつも俺をほったらかしにしよるの、3つ歳が違うからいうて、ひどい仕打ちや」

「(笑いながら)ちゃうちゃう、わからんけど、念のため」

「なんや、わからんのか、あれとかないのか、デコメ?」

「SNSはな、いくつか持っとるけど、三樹ちゃんが行ってまったのはそんなんできる前やから、どこでなにやっとるかも知らん」

「そんじゃなんでベレー帽が目印なんじゃ、よーわからんわ」

「昔の口約束やで、そう詮索しんとってや、たっちゃん(笑)」

「なんやよーわからんけど、三樹が帰ってきたらちゃんと、おれにも知らせろや、お前らの次に歳が近いの30歳も離れとるから」

わたしとたっちゃんは大笑いした。
わたしと三樹ちゃんとたっちゃんで駅前の駄菓子屋さんでラムネを買って、中のビー玉を取り出しては、陽にかざしたり、口の中でコロコロ転がしたり、おはじきみたいに弾いたりして遊んだ。

「あら、龍ちゃん、久しぶりやね、帰っとったの?なんで帰ってすぐ寄ってくれんかったのー?」

駄菓子屋は最近ニューデイズに変わった。
佐伯のばあちゃんは10年前くらいに亡くなって、今はフランチャイズになって、佐伯の姉ちゃんが家族で経営している。もう瓶のラムネはない。

「お久しぶりです、いやぁ、ここ閉まるの早いこと忘れとって、昨日の内には挨拶もできんくって」

「あらごめんねぇ、遅くまでやっとっても人来んからね、ふつうねーでももうすぐ閉まるけどね(笑)店は閉めるけど、おっとってもらってええからね」

佐伯の姉ちゃんの笑った時のえくぼは相変わらずだ。今はお子さんが二人もいるらしく、庭で取れた野菜をたくさんもらった。

「売れっ子漫画家さんは、野菜取らへんやろ?ちゃんと取らなかんで、ビタミンも、デンプンもー」

大量の野菜は店内の休憩スペースに置かせてもらい、わたしはペットボトルのラムネを2本買った。

「今日は晴れとるで、織姫さんも彦星さんも会えとるねー」

「そうですねぇ、LINEとか、やっとるんですかねぇ」

「ライン?なにそれー」

「離れとっても近くにおるように錯覚してまうんですよ」

「売れっ子漫画家さんの言うことはよーわからんわー」

佐伯の姉ちゃんはそういって閉店作業にとりかかる。
わたしは1つしかない出口、東口のニューデイズに18時半、2本のペットボトルのラムネを持って、立っている。

織姫と彦星が一年に一度、一晩中語り合うなら、もし、、わたしたちはどれだけ語り合うのか。それとも、すんなり一晩で済んでしまうのだろうか。

最終列車から2本前の電車が夕焼けと一緒に蜩にさらわれていった。

わたしは、被っていたベレー帽を脱いで、大きく振った。

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