走馬灯の支度をしながら
「ねぇ知ってる?かまくらって昔は四角だったらしいよ」
しん、と澄んだ空気をワコが吸い込むと喉の奥が急に冷却される。それを押し返すようにワコの体温で温められた空気が世界に戻っていく。それは一瞬、目に見える姿で現れてはすぐに消えていく。
「そうなんだ」
あたりはすでに真っ暗で、横切る人の顔も分からないだろう。カイはかまくらの外を眺めては時々行き交う人らしきそれを消えるまで見送っていた。
「かまくらの入り口ももっと狭かったようだよ」
ワコはカイがかまくらの形ではなく入り口に興味があると察してそのように話題を変えた。カイはワコの話題には興味がなかった。ただかまくらの中から眺める外は途端に遠く感じられて、何だか映画でも観ているような心地がするなと思っていた。
「なんで入り口が大きくなったかわかる?」
カイの心にぶわっとワコの問いかけが侵入してきた。カイはワコと一緒にいることを思い出して、なんの話をしていたのかを即座に思い出そうとした。かまくらの中の温かな空気と外からの冷たい空気とがカイのまつ毛に滴をつくった。オレンジの世界が滲んでカイの視界を湿らせた。カイはパチパチとまばたきをした。そしてカイは目の前にいるワコの姿を捉え直した。
「わかんない」
なんと聞かれたのかがコイツはわかっていないとワコは勘づいた。ワコはぽやっとしたカイのまぬけな顔を見てちょっと可笑しくなった。かまくらの中は寒い。もっと入り口を狭くするべきなのだ。そうすればもっとこのかまくらは外から切り離されて、ここだけの世界が出来上がるのに。かなり屈んで覗き込まないと中に誰がいて、何をしているのか分からない、そんな時間が訪れるのに。なんでも外の社会に開かれてしまってはいけないなぁとワコは訳知り顔で微笑んだ。
「カイは一生わかんなくていいよ、ワコだけが知ってればいいから」
ワコが何を考えているのかカイにはわかった気がした。きっとワコは遊びたいんだ。
「カメラ取ってくる!」
ワコの訳知り顔が一変したのも見届けないまま、カイはそう言ってかまくらを飛び出し、最短距離で父から与えてもらったフィルムカメラを持ってきた。カイが戻ってきて、かまくらの中に入ろうとした時、外からかまくらの中がよく見えることに気がついた。しんしんとした白さの中にぼやぁっと柔らかい光が灯っていて、そこにはきょとんとこちらを向いてワコがちょこんと座っている、それがよく見えるほどにかまくらの入り口は大きかった。カイの手はかじかんだことも忘れてフィルムカメラをかまえた。
「ワコのことがよ〜見える!」
眠りの前のような静けさの中にシャッという音が飛んでいった。この音はどうしようもなく流れていく時間をなんとかして取っておきたい願いの音のようだった。フィルムに焼き付いた時間はカイの心にもジリジリと焼き付いた。おそらくカイが死ぬ時にもう一度この景色を経験することができるように。
「カイも撮ってあげる!」
ざっくざっくとカイがワコのいるかまくらへと戻っていく。かまくらの入り口はカイをなんなく受け入れるほどには大きかった。