LUMINE、イヤホン、平成
新宿駅南口を出て左に曲がる。
色とりどりのアイスクリームが並ぶ店舗を抜けると、LUMINE前でお笑い芸人さんたちが公演の宣伝をしている。そのまま直進して、階段を下る。
階段の下の広場ではホストみたいな大道芸人がジャグリングをしている。それを見ている人たちはその大道芸人の顔を見ている。
階段を下りて右に曲がれば紀伊国屋、斜め左に向かえば紀伊国屋がある。右に曲がった先にある紀伊国屋には劇場があり、斜め左に向かった先にある紀伊国屋には劇場がある。
坂口はひとまず斜め左に向かった先にある紀伊国屋へ歩いてみた。情報の波に挟まれて、歩みを進める。
イヤホンが落ちていた。ワイヤレスのイヤホンが。
耳につけてみた。何かがはじまる気がしたから。
わたしの予想は外れた。
何かはもう始まっていた。
「LUMINE1だよ、南口の。、、、そう、、、イヤホンなくしたの?買ったばっかじゃね?どこで?、、、、分かんないのかよ。今どこいんの?、、、、反対側じゃん。まじか。、、、、、お前さ、自分勝手すぎない?、、、なにそれ、俺はサービスしてるわけじゃないのよ、、、、人の時間奪ってんの分かってんの?どうなってんの?もいい、帰るわ。」
ツーツーツーツー。
痴情のもつれだ。新宿じゃあよくあることだ。歌舞伎町のルノアールには痴情のもつれかリボ払いの話しか聞けない。
気づけば紀伊国屋を通り越して東口のビックカメラへと歩みを進めていた。おそらくこのイヤホンの主は東口のビックカメラでこのイヤホンを購入し、LUMINE1へと向かった。そしたらイヤホンがなくなっていることに気づき、来た道を引き返しながら待ち合わせ相手に連絡をしていた。そのため、おそらくビックカメラには、
トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルル、
「なんだよ、、、なに?、、、うん、、、、は?死ぬ?!お前さ、なんだよ、、、、おい、ちょっと、、落ち着けって、、、いや、それは、そうだけどさ、早まるなって、、、いいか、よく聞けっ・・・・・」
おいおいおいおいおいおいーーーー‼️↑↑↑↑↑
わたしの胸はかつてないほどの高まりを見せた。
想像が想像を呼び、もう持ち主と電話口の相手の容姿まで詳細に描けた。
イヤホンの持ち主の名前は成子。出身は東京都杉並区。端整な顔つきとスラッとした手足。子どもの頃から親に連れられ劇場のワークショップやらに参加。中高一貫校に進学し、放送部と演劇部をかけもっていた。大学は早稲田の文学部に通い、芸能事務所に所属して、舞台、主にミュージカルに出演している。就活中に自分の将来について芸能活動を続けるか内定をもらったメガベンチャーに勤めるか真剣に悩み、就職を選択。その後、平日はバリバリ働き、週末は劇場に通っている。
電話口の相手の名前は雄平。出身は岐阜県。高校まではいつもクラスのムードメーカー。高校の時に半ば強制的にやらされた薬物禁止の寸劇の脚本・演出・出演をきっかけにして演出家を目指し、上京。大学は早稲田の文学部に進学。同期で、もうすでに芸能事務所にも所属していた成子と将来の目標が重なり、意気投合。一緒に映画や舞台を観に行った。雄平が演劇のインカレサークルで作・演出を務めた舞台で二人はグググっと距離を縮める。成子は主演俳優だった。周りからは雄平・成子の名前をいじって、「平成カップル」なんて呼ばれもした。雄平は大学卒業後もフリーランスとして創作活動を続ける気だったため就職活動はしなかった。成子も当然そうするだろうと考えていたが、成子からメガベンチャーへの就職の話を聞き、雄平は少し裏切られた気持ちがしていたのだった。
そんな平成カップルがイヤホンをきっかけにして溜まりに溜まった相手への不満が爆発し、雄平は成子を見捨て、成子は世界を見捨てようとしている。
新宿で死ぬならどこだろうか。
わたしは出来れば新宿で死にたくはないが、世界を見捨てた成子からすれば一時的なセンセーションだけで済む情報の大海原である新宿が適していたのだろう。
そして、そう考えるならば、電車だ。
この大都市東京では、人の死は日常茶飯事。
特に電車ならば「人身事故」というデータベースはその人間のこれまでの人生のデータまですべてかき消してしまう。
善は急げぇ‼️
わたしはここまで高揚感にとりつかれたためしがなかった。
わたしの人生はいたって平凡であった。出身は埼玉県さいたま市。父・母・兄・妹と合わせた5人家族。小学校ではピアノを習い、中学校ではバレエを習い、高校では「アルパカ族」というバンドでキーボードを担当していた。ピアノやバレエの発表会には母も父も来てくれた。バンドのライブには母しか来なかった。教師であった父の薦めで東京学芸大学を目指し、東京学芸大学に入学した。教育実習で母校に通い、父の仕事姿を間近に、わたしは教師としての使命感を抱いた。東京の小学校で職を得て、4年生と1年生を担当し、今年は6年生の担任をしていた。数ヵ月前から心身に不調をきたし、長期療養を余儀なくされた。ここまで含めてよく聞く話だ。わたしは何かしなければと焦燥感にかられ、3日に一度は新宿に出向き、周遊する。新宿を歩いていると何かしている気になれたからだ。
そしてついに、今日、こんなドラマにめぐり会えたことに感無量である。わたしは駆け足で山手線内回り、15両目あたりに来た。向かいのホームに明らかに負のオーラを発している人を発見!これはこれは、と思っていると、
トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル
「出た!おい!お前どこにいるの!え!?何?後ろ?、、、、、おーいー、まじかよービビらせんなよー、マジで焦ったかんな?」
ツーツーツーツー。
わたしはその日、飛び込み自殺を未然に防いだとして、山手線の駅員さん達から感謝された。