しょうがないことの夜
名古屋駅で見上げた夜は高いビルと高いビルの間で窮屈そうにしていた。
ぼくは大学3年生で、こうして夏休みになったら地元に帰っては、高校時代のときの友人と久しぶりにお話をしていたりする。川内さんとはそんなに高校時代にすごい仲がよかったわけではないが、大学生になってからは、なんかそういうノリで、飲みに行こうとなったりする。
川内さんは正直タイプだった。大学生になってようやく私服姿の川内さんを見たが、思っていたよりもジェンダーニュートラルなファッションをしていて、イメージと真逆だった。理系だった川内さんはとてもよくモテていた。ぼくは文系だったので、直接話す機会はほとんどなかったが、たしか、文化祭で、オセロとかボードゲームができる部屋でたしか、何か幽霊を動かすボードゲームを一緒にやって、その時もなんかそういうノリでIDを交換した。とても明るい人だなぁと思った印象と、こんな子と付き合えたら楽しいだろうなぁと思ったことをよく覚えている。
川内さんは大学では心理学を専攻している。認知系っていっていたけど、どういうことを学ぶのかはよくわからないけど、なんか記憶に関わることをやるらしい。心理学のことを話している川内さんは楽しそうだった。
「でもね」
川内さんはそういって口元に笑みを浮かべながらも目は細くなって少し曇った。「やっぱり薬学部に学部変更することにしたんだ」と寂しそうにこぼした。それが積極的な選択ではないことくらい誰だって分かる。とはいえわざわざ学部変更をするんだからそれなりにコストがかかるはずだ。しかもこれから薬学部なら、さらに6年?ってこと?どうしたんだろうと不思議だった。
「親がね、薬剤師になった方が安心だから、せっかく薬学部もあるんだからそっちにしたらって勧めてくれてね、まぁそれも確かになって思って、お給料もいいしね」
「え、でも心理学の方が好きなんじゃないの?」
「うん、まぁ、でも学んでて楽しいってだけだし、将来的に、臨床心理士になりたいってわけでもないし、取るにしてもうちの大学だったら院までいかないといけないし」
「そうなのか、でもなんかもったいない感じするね」
「まぁ実際にこっから6年だからね、実際もったいないかも笑」
もうじき帰る時間だというので、コンビニでミルクティーを買って、二人で名古屋駅まで歩くことにした。川内さんはぼくのことをよくからかった。「わざわざ名古屋じゃなくて京都の大学に行って、しかも芸術について学んでるなんてほんとにお前は男か?」と、いちゃもんをつけてくる。こちらも負けじと、「名古屋の人間はまだ天下統一できると勘違いしている、その証拠がマナカ(交通系ICの名称)だ、あれは“日本の真ん中“が由来になっている」などといちゃもんをつけ返した。ふたりはケラケラ笑いながらミルクティーをすする。
「あ、じゃあ写真みせてやるよ」
そういって川内さんは名古屋駅のすぐ手前で立ち止まって道の端に寄って、写真を探し始めた。ほれ、といって川内さんが見せてくれた写真は薄銀髪の女性が屈んでいる白黒写真だった。ぼくはとても綺麗だなと思った。
「これ私なんだ、セルフポートレート、どう?」
むっちゃいい!と間髪入れずに答えたら川内さんのことを好きだってことがバレてしまうと思って、ちょっと間を置いて「いい感じだと思う」って答えた。川内さんはそれから数枚いろんな写真を見せてくれた。「芸大の人から見て、どう?」といってくるので、「写真のことはよくわからないよ」と返す。
「そっかぁ、、本当はさ、写真やりたいんだよねぇ」
「そうなの?やればいいじゃん」
「・・・まぁね」
川内さんはまた寂しそうに笑った。もうすぐ終電だ。