コーヒーかす、タワーマンション、コンクリートブロック
ぐーすか ぐーすか ぐーすかぴー
都会は大きなお山がいっぱいです。都会にはきっぷをたくさん持っている人がたくさんいます。
ぐーすか ぐーすか ぐーすかぴー
タワーマンション「ヴィエラニュースカイ」の27階にもきっぷをたくさん持っている人が住んでいます。その人の名前はクライといいます。どうやらその人の性格を指しているようですが、クライ本人はその名前を気に入っているようでした。
ぐーすか ぐーすか ぐーすかぴっぴー
クライは寂しいやつでした。クライが毎日することといったら、仕事しかありません。クライは起きると難しい顔で光る箱の前にじっと座り込み、ご飯を食べて、やっと人とおしゃべりをするのかと思えば、それもやっぱり仕事です。クライは今も寝ていますが、これも仕事のためです。寝たいから寝ているのではありません、眠いから寝ているのです。
ぐーすか ぐーすか ぐーぐーすかぐー すかすかぴー
クライはやっぱり寝ています。都会の外の人たちは不満を感じながらも、せめて誰かとおしゃべりしたり、本を読んだり、それなりに豊かさを謳歌しています。しかし、クライはきっと仕事をして、死んでいくのです。
そんなクライの噂を聞きつけて、泥棒がやってきました。クライのいびきがゴーサイン。都会の泥棒は27階でもへっちゃら。お茶の子さいさいです。すごい。
泥棒は知っていました。クライのような人が住むタワーマンションは防犯がガチガチなのはエントランスだけだと。そのため物理的にエントランスだけを避けるように泥棒はヌゥッと、クライの部屋にやってきました。すごい。
ぐーすか ぐーすか ぐーすかぴー
哀れなクライはそもそも現実になど興味がありません。クライにとって世界は仕事。寝ている間の現実はまるで捨てられずに放置されているコーヒーかすのようなものです。出涸らしの価値もありません。
泥棒はしめしめと今はただの肉の塊であるクライをみとめ、室内に侵入成功です。泥棒はさっそく仕事にとりかかります。
ぐーすか ぐーすか ぐーすかぴー
泥棒は心からクライを軽蔑しました。自分のこともずいぶんとできそこないの人間だと思ってきた泥棒でしたが、クライのありさまを見てそんな自分でもこんな寝太りよりはまだ人間だろうと思えてならなかったからです。
悪とは何をさし示す言葉なのでしょうか。
泥棒は少しの間、宛先のない黙祷を捧げました。そしてクライの部屋という部屋を漁りました。そして、気がつきました。何も盗るものがないことに。やはり、この家もコンクリートブロックのかたまりなのだと、泥棒は自分の愚かさを反省しました。