ハトアリ出るのね。※ネタバレあり
今日は、朝起きるなり乙女ゲームのことを考えていた。
私は『ハートの国のアリス』というマイナー乙女ゲームにドはまりしていたことがある。
あれは上手な現実逃避のツールだったと思う。
ファンタジーの世界というのは現実社会と陸続きだからこそ、リアルに夢を見られる。
小学生時に見る夢は健全だが、社会人になって見ているのはどうだろう。
おそらく今ある責任から逃れたい気持ちを、多少なりとも慰める効果があるのではなかろうか。
昨今、異世界転生モノが流行っているのも、自分で責任を投げ出せない社会人が、ある日何かの理由で強制的に全ての責任をはぎ取られること望んでいるからではないだろうか。
数年前までファンタジーの主人公は少年少女だった。
もしくはおとなが子どもの心を思い出して親子の仲を回復するような。映画でもあった気がする。
しかし異世界転生についてはおとなが読んでいる。
これは社会人になって、世の中のことが思うようにいかないのを、せめて空想の中でくらいは好き勝手に楽しめないかという願望の表れではないだろうか。
『ハートの国のアリス』はかなり優秀な麻薬だった。
現実から頭を引きはがしてどっぷり浸からせてくれる。
ストーリーの性質上、現実についてあまり考えさせないような構造になっているのもまた異世界脳に拍車をかけてくれる。
冒頭はこうだ。
主人公はうたたねしているところを白うさぎに連れ去られる。
今は帰れません、適当に過ごしていれば帰れます、と説明される。
主人公は実は家に帰りたくない気持ちもあって、夢なら自由にしていよう、と多少大胆にふるまうようになる。
実は、彼女は元来真面目な性格である。
現実世界に後悔があるのを、白うさぎに見つかって閉じ込められてしまったのが真相の一部だったりする。
現実へ戻れば彼女には悲しい現実が待っているので、白うさぎは見かねて連れてきてしまったのだ。
乙女ゲーム、つまりは恋愛趣味レーションゲームだが、秀逸なのが、その世界ですることがどう転んでも誰かとコミュニケーションをとって仲良くすることしかないことである。
主人公のアリスは夢だと思っている世界だし、いつか消えてしまう世界。
その住人のキャラクターもみんな、個性はあれどなんとなくぼんやりしている。
仕事をしているというが、いったい何をしているか不明。
時折開催されるゲームのルールも不鮮明。
不鮮明なルールでも、ゲームは行わなければならないというルール。
登場人物のほとんど全てが、退屈している世界。
そこに、アリスが登場する。
異世界モノでよく出てくる「チート能力」というのがある。
異世界に召喚された勇者に与えられる、神様からのちょっとすごい能力、才能のようなものである。
アリスも実はそれを備えている。
「誰からも好かれる能力」だ。
その世界の住人はなぜかアリスに好感を持つ(理由はプレイすれば判明する)。
しかも乙女ゲーム、恋愛が主軸にあるゲームというのだこれが。
夢みたいなぼんやりした世界で、アリスは恋愛だけ考えていたらよくて(本当は深層心理は複雑なんだろうけど)、キャラクターたちは退屈している。
比較として、『薄桜鬼』なんかは漢の戦いを支えるヒロイン、というのがわかりやすいだろうか。
攻略対象たちはそれぞれの思いを抱えながら、目標に向かっている。
現実にいて惚れてしまうような男たち。
対してハートの国の人たちは、目標なんかもみんなぼんやりしている。
とにかく退屈しているのがここの住人たちなのだ。
退屈のあまり人殺しするような者も大勢いて、アリスが来た当初はそういった面も強調される。
どちらかというと非常に現実的でない人たちだ。
そんな世界で、たとえチートでも心を動かされてしまったら。
アリスと話していれば自分の目標が定まる気がするし、自分の性格も輪郭が定まってくる気がする。
これまでの退屈でつまらない世界に心を動かす存在が現れる。
ともすれば自分のところにとどまってくれるかもしれず、そうでなければ、元の世界に帰ってしまうかもしれない。
そんな少女、つなぎ止めたくなってしまう。
やるべき仕事をこなす描写はあれど、基本的には世界に飽き飽きした、そんな奴ばっかりなのだ。
そういうわけでアリスは立派なヤンデレ、メンヘラ製造機となる。
攻略ルートなんか入ったらあとはもう、間違えるとすぐ殺される。ということもある。
世界のキャラクターをアリスが生かしているような構図。
義務も責任もなく、地位や権力など守る必要もなく、ただそこにいれば求められるし、人に魂を与えてしまえる世界。
楽すぎる。いるだけで病むほど愛されて求められるって、恋愛だけ気にしていればいいなんて。
いやそもそもアリスは恋愛にもコンプレックスがあるのだが。
白うさぎはアリスにずっと夢を見させたい、それが愛情。
アリスは現実を考え責任感で元の世界に戻りたいと思う、真面目で根暗なおとな。
こんなに愛情を注がれてしまったら、真面目なら余計に帰れないだろう
プレイヤーだって返したくなくなる。
アリスにとってその世界が沼、世界の人々にとってアリスが沼。
エンドレス。
まあ、じゃあ私がなぜ沼に落ちないで舞い戻ってここで社会人をしているかといえば、リアルの恋愛の方がよっぽど楽しくて気持ちいがいいなと思ったからかもしれない。
『ハトアリ』、今年、最後の作品が出るという噂なんだよな。
恋人には内緒で、購入する気がする。
だって本当に、当時、大好きだったんだもの。