カーボンニュートラル:新産業の萌芽を見極める5つの視点
脱炭素。IPCC。CCS。
何となく聞いたことはあるけど、話のスケール大きいな・・・。問題の全体像は分かりづらいし、イメージも定量的につかみづらい。私が以前まで抱いていた正直な感想です。
今回はカーボンニュートラルについて、これは一過性のトレンドなのか、そうでないならどのようにポテンシャルを見極めるべきなのか、ベンチャーキャピタルの立場から考察していきたいと思います。
いま世界で何が起きているのか?
本題に入る前に、まず、いま地球規模で起きている変化と今後想定される展開について簡単に整理します。
二酸化炭素の排出量と気温の関係性は色んな見方がありますが、ひとまず相関がある前提に立って進めます。この論点について本記事で特に深追いしませんので、異論ある方はそっと記事を閉じて頂ければ幸いです(笑)(ぜひご意見も伺いたいのでメッセージ頂きたいです!)
※Global Carbon Budget 2019; Berkeley Earth
国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると、現在のペースで温暖化が進むと2100年の地球の平均気温は、産業革命前に比べて約4℃上昇すると予測しています。これがどれほどの影響があるのかイメージしづらいかもしれませんが、干ばつ・海面上昇、生態系の破壊、食糧危機などにより、世界のGDPの2割以上が失われることが見込まれます。(オックスフォード・エコノミクス試算)
この人類共通の危機に対して、各国政府間の取り組みが始まります。2015年のパリ協定を経て、2018年に国連IPCCによって「1.5℃特別報告書」が発表されました。
ポイントは2点あり、①最新の被害リスクの試算に基づくと平均気温の上昇を1.5℃以内に収める必要があること、②そのためには2050年をめどにカーボンニュートラルを実現する必要があることが示されました。
※KNMI Climate Explorer
蛇足ですが、「地球」を主語にみな同じ方向を向いていそうで、水面下では思惑が異なる国家間でせめぎ合っています。それは、各国の国力にインパクトを与えるほどに産業構造の変化が見込まれるからです。言い換えると、この大きな流れは一部の意識の高い人たちで完結する一過性のものではなく、各国の法規制や人々の生活様式、技術開発などあらゆる領域を巻き込んだ長期的なトレンドになることが想定されます。
ポテンシャルを見極める5つの視点
カーボンニュートラルを実現する方法論は大きく2つに分けられます。一つは、期待される削減効果は大きいが、実現に向けて何らかブレイクスルーが必要な革新技術への投資(小型モジュラー原子炉など)。もう一つは、既に存在するが削減効果が不十分な技術の改善・普及に向けた投資です(ソーラートラッカーなど)。
現時点ではどの技術が「本命」になるのかはまだ不透明ですが、今後どのようにそのポテンシャルを見極めていくべきか、5つの視点をご紹介したいと思います。
視点(1) どれほど排出量削減に貢献するか?
視点(2) どの排出要因にアプローチしているか?
視点(3) どれほどのスペースを必要とするか?
視点(4) どれほどのコストがかかるか?
視点(5) どれほどの時間を要するか?
視点(1) どれほど排出量削減に貢献するか?
一つ目は、一般的なビジネスでいう「市場規模は?」に相当するベーシックな問いです。
世界では毎年約510億トンの二酸化炭素が排出されています。今目の前で取り組まれようとしているソリューションは、510億トンのうちの何%の削減への貢献が期待できるのでしょうか?
例えばビル・ゲイツが主導するBreakthrough Energy Venturesでは、少なくとも年間5億トン(全体の1%)の削減効果が見込める技術に限って投資を行っています。試算が難しい場合もありますが、そもそもインパクトが期待できるソリューションなのかは常に立ち返るべき問いだと思います。
視点(2) どの排出要因にアプローチしているか?
自動車の電動化などはわかりやすいテーマではありますが、その他にも様々な要因によって温室効果ガスが排出されています。全体像をつかむため、排出要因の大まかな内訳をみてみたいと思います。
第1位は製造関連で、全体の約3割。中でも主だった排出要因はセメント・スチール・プラスチックです。意外に思われるかもしれませんが、実はセメントが総排出量の約7%を占めています。この課題に取り組むCarbonCureというカナダのスタートアップは、製造過程で排出された二酸化炭素をセメントに再注入する技術を開発しています。日本の製造業界においても、日本製鉄がゼロカーボン・スチールに向けた挑戦を表明するなど、取り組みが加速しています。
第2位は電気・発電で、同じく約3割。現在再生可能エネルギーを中心に脱炭素化に向けた様々なアプローチが模索されています。例えば、経済産業省を中心に直近検討が進められているのは火力発電における燃料アンモニアの混焼です。日本にとっては、エネルギーの安定供給と脱炭素化の両立は引き続き重要なテーマです。
第3位は畜産・農業で、約2割。最大の排出要因は、約10億頭の牛のゲップと屁で年間20億トン分、総排出量の4%にあたります。また、肥料の製造工程でも年間15億トン前後の二酸化炭素排出があるとされています。
第4位は輸送で16%です。そのうち、半分が自家用車、3割が貨物自動車・トラック、船舶と航空機が1割ずつになります。
最後に、空調が7%です。建物の気温・湿度を一定に保つプロセスで温室効果ガスが排出されています。21年4月にWiLと大阪ガスが設立したジョイントベンチャー、SPACECOOL社が開発する「放射冷却素材」もこの領域の新しいソリューションとして期待されています。
視点(3) どれほどのスペースを必要とするか?
この領域はソフトウェア上で完結しないものがほとんどなので、物体としての大きさや重さを考慮する必要があります。いくつか具体例をご紹介します。
まず、最初の例は発電所です。同じ発電量を実現するためには、火力発電よりも風力発電のほうが広大な土地を必要とすることは想像しやすいですが、実際にどれほどの差があるでしょうか?発電方法によって数百倍単位で変わってきます。
同じ面積あたりで生み出される電気エネルギー
・火力:500-10,000ワット/㎡
・原子力:500-1,000ワット/㎡
・太陽光:5-20ワット/㎡
・水力:5-50ワット/㎡
・風力:1-2ワット/㎡
・バイオマス:1ワット/㎡未満
続いて、森林です。日本人ひとりが生涯で排出する二酸化炭素を植林によって吸収しようと思うと、どれほどの広さの森林になるでしょうか?答えは一人あたり20ヘクタール。東京ドーム4個分の森林を新たに育てる必要があります。日本人全員に置き換えるとすごい広さになりますね。
(植林を否定する意図も不必要な森林伐採を肯定する意図もございません)
視点(4) どれほどのコストがかかるか?
コストは2つの観点で捉える必要があります。1つは、開発視点。どれほどのリソースを投下することが見込まれるのか。もう1つは、消費者視点。従来の手法に対してどれほどの追加コストの支払いが必要になるのか。
二点目については、近年"グリーンプレミアム"という概念が提唱されています。グリーンプレミアムとは「温室効果を排出する従来の手法にかかるコスト」と「温室効果を排出しない代替手段にかかるコスト」の差分を指します。
例えば、航空用のジェット燃料を例に考えてみます。一般的なジェット燃料は1ガロンあたり約$2.22です。一方で、バイオ燃料の直近の価格水準は$5.35(+140%~)なので、グリーンプレミアムは3.13/galになります。この差を埋めるには、技術革新や税制変更などでバイオ燃料を安価にするか、ジェット燃料を値上げするしかありません。
視点(5) どれくらいの時間を要するか?
実現に向けた時間軸を見極めることは極めて難しいです。これまでの実績に基づく連続的な変化をどのように捉え、非連続な成長につながるブレイクスルーがどの時点で起きると想定するのか。意見が割れるところだと思います。
個別の議論に深くは入りませんが、例えば、電動自動車の普及に大きく影響するリチウムイオン電池の価格水準について。これまでの電池の価格水準の下がり方は経験曲線効果(累積生産量の増加に伴ってコストが減少する)にあてはまっており、今後の価格低下の時間軸もある程度予測できるとする見方もあります。
※Ark Investment Management – Big Ideas 2021 Report
補足:日本の産業創出につながるのか?
上記の5つに加えて、「日本の産業創出につながるか」という視点も問い続けたいです。トヨタ自動車CEO豊田章男氏も日本自動車工業会 定例(21年3月)で触れていたように、このままでは日本でのモノづくりができなくなる可能性さえあると考えています。ベンチャーキャピタルとしてどのように貢献できるのか、強い危機感を持って取り組んでいきたいと思っています。
最後に
ここまでお読みいただきありがとうございました。カーボンニュートラルは思想っぽい議論になりやすいテーマだと思うのですが、全体感を持ってデータで捉え直すヒントに少しでもなれば幸いです。
この脱炭素に向けた世界的な流れは、制約条件ではなく成長機会として改めて捉え直す必要があると感じています。個人的には、スタートアップに限らず、日本の大企業に眠る技術・ノウハウを解放することが、日本の新たな産業創出につながると信じています。
まだまだ勉強中ではありますが、この領域で挑戦されている方々とぜひ議論させていただきたいです。ご連絡お待ちしております!
Twitter:https://twitter.com/nish_kk
Email:koki@wilab.com
参考資料:
- Bill Gates "How to Avoid a Climate Disaster: The Solutions We Have and the Breakthroughs We Need"
- ボストンコンサルティンググループ「カーボンニュートラル経営戦略」