はなまどうの話
毎日毎日飽きもせずニュースまとめサイトをだらだら見ていると定期的に目にする記事にこんなものがある。
『【凶悪事件】小学校区内で、傘を持って散歩している男が目撃される事件が発生!』
いわゆる「事案」である。
こういったまとめに取り上げられるものは大抵、そんなことで通報されるのか!?という意味合いで紹介されることが多く、調べてみるとまあまあの暇つぶしになる。
「徒歩で下校中の児童たちに対して、車で近づき、「君らあんまり勉強したらあかんで」と声をかけ、帽子を取り、はげ頭を見せた後、そのまま車で走り去る」
「徒歩で下校中の男子児童に対して、ビーフジャーキーのようなものを持って近づき、「食べてみ」と声をかけ、児童がそれを受け取ると「それ、ドッグフードやで」と言って、自転車で走り去る」
「男は40歳位、身長175cm位、中肉、黒色上衣、黒色ズボン、黒色帽子。遊んでいた女子幼児に対して、「肌が白くてきれいだね。この世に悪はいない。」と声をかけたもので、男は徒歩で立ち去り」
「見知らぬ不審者(男)が足首にロープをかけられてトラックにより地面を引きずられながら、小学校低学年男子児童のそばを通りすぎたという事案が発生」
おもしろい。笑える。
もちろん当事者からしたら笑い事ではなかったのかもしれないが、まあケガや心身に重大な負担がかかりそうな案件とは言いにくいはずなので、不審者として断罪するよりも世の中には変な人がいるなあ、で済ましてしまっても問題ないように思える。
(最後のは不審者とかそういうアレでもないし)。
逆に言えば、誰もが見ようによっては変な人と言えるのではないか。
私の地元には「はなまどう」と呼ばれる変な人がいた。
市とベッドタウンをつなぐわりと往来が多いトンネルの中で暮らしている浮浪者で、いつもパンパンに詰まった大きいリュックと原付のスーパーカブを傍らに座り込んで休んでいた。
頭には大きな花をかたどったかぶりもの被っていて、これがドラクエに出てくる「はなまどう」というモンスターそっくりだったためこのように呼ばれていた。
(ちなみに色違いのモンスターに「もりじじい」がいる。)
見かける人が多かったからなのか、彼には多くの逸話があった。
「はなまどうが被っている花は沖縄にしか咲かない伝説の花である」
「花には傷を癒やす力がある」
「沖縄から出てきて行方不明の家族を探している」
「実は娘がおり、娘が付き合っていた彼氏に惨殺されてしまったため復讐のために彼氏の地元であるこの近所にやってきた」
「スーパーカブは宝くじが当たってそのお金で買った」
「スーパーカブを買って一文無しになったので仕方なくトンネルで暮らしている」
「沖縄に帰る術はない」
今思い返せるだけ思い返してみてもあることないことどころかどれも荒唐無稽すぎて脱力してしまう。
当時小学生だった私は、ある日一度だけ彼に話しかけたことがある。
話しかけたと言っても「こんにちは」と挨拶をした程度で、それも友だち数人と連れ立って、どんな風に返すのだろうと卑劣な好奇心に動かされてのことだった。
彼は「こんにちは」とだけ返し、私たちはすぐにその場を立ち去った。
痛々しさ満点の恥ずかしい思い出だ。
不躾に好奇の目を向けて怖いもの見たさで挨拶をする私たちを彼はどんな気持ちで見送ったのだろうか。
私が中学に上がるころにははなまどうはトンネルからいなくなっていた。
彼が何を考えどのような経緯でトンネルで生活をしていたのかは分からないが、彼が20数年前に存在していたことは事実だ。
たまたま私の人生に現れたとき変な人だっただけで、彼には彼の素晴らしい人生の瞬間というものがあったはずだ。または波乱万丈の末、行き着いた安息の地があのトンネルだったのかも。
それらをもはや見聞きすらできないことを少し寂しく思う。
誰もが皆、変な人。
迷惑で、狂ってて、素敵な、変な人。
精々、通報されないように生活されたい。