Episode 15: セゾン〜新しい季節に向けて〜
新年、あけましておめでとうございます。この連載も早いものであと10回。残り少なくなりましたが、よろしくお願いいたします。
新年1回目は、ベルギーの伝統的なビアスタイル、セゾンを取り上げよう。
セゾン(Saison)はフランス語で「季節」。まさに新しい季節、新しい年を迎えるにはふさわしいようにも感じられるが、実はこの季節は新年、新春の今の季節を指すわけではない。
セゾンはベルギーのフランス語圏、南部のワロン地方で古くから作られているビールで、農家が自家醸造した、日本で言う「どぶろく」みたいなものだと考えればよい。
なぜ、農家が自家醸造をしていたのか、そしてそれがどんな季節に飲まれていたのか、その辺りから話を始めることにしよう。
農家の自家用酒
現代とは異なり、かつては水をそのまま飲むというのは必ずしも安全ではなかった。そのため、一度沸かして冷ましたものを飲んだり、あるいは水代わりに酒を飲むということも珍しいことではなかった。IPAの回で述べたとおり、英国人がインドでビールを飲んでいたのも同じような事情によるわけだ。
ベルギーでも農家は夏の農作業の間、水代わりに飲める酒が作られていたが、夏という季節は酒造りにはまったく向いていなかった。現代と異なり、冷蔵技術が発達しているわけでもなかった時代は、夏は雑菌などが繁殖し、作ったビールなどの酒も劣化が避けられなかったため、酒造りは冬の寒い時期に行なうものであった。
しかも、冬の寒い時期はいわゆる農閑期であるため、農民が酒を仕込むには最適であったとも言えるわけである。
そう、セゾンという酒は、冬の時期、春を迎えるより以前に仕込みが行なわれ、夏まで貯蔵しておいて、夏の農作業のときに飲むために作られていたビールを指すのである。
しかも、農家の中には、これを農作業のための賃金代わりとしていたところも少なくなかった。ひと夏、一日これだけの量のビールが飲める、という条件で農作業のアルバイトを雇っていた、という事例があったのである。農作業は決して楽な仕事ではないが、ビールが飲めるなら、と思う呑兵衛の皆様も、現代にだっていないとは限らないだろう。
冬に仕込んで夏に飲むということは保存性を高める必要がある。しかし、夏の農作業の時に喉の渇きを癒すために飲むビールとしては、ハイアルコールにするわけにもいかない。保存性を高めるためにホップの使用量を増やすことは選択肢の一つであるが、そうすると苦味が強くなりすぎるため、麦芽由来の甘みとのバランスをとる必要がある。
当時の実際のアルコール度数は4.5〜5%程度のものが多かったようであるが、英国のIPAのように度数を高めずに残留糖度をある程度キープする必要があるため、非発酵性の糖分を多く抽出する技術や、発酵度を低く抑える技術が発達したと言われている。
ビアスタイルとしての特徴
現在のガイドラインにおいては、セゾンのビアスタイルは「クラシック・セゾン」と「スペシャルティ・セゾン」に分類される。スペシャルティ・セゾンは原料としてスパイスやハーブなど多様な副原料を使ったものを含むため、ここでは一旦、クラシック・セゾンに話を限定しよう。(下写真はクラシック・セゾンのテンプレートとも言われるセゾン・デュポンのラベル)
当時、農家が地酒として作っていたビールは4.5〜 5%であったと言われるが、現代のビアスタイルでは、4.5%程度から6%台まで、度数の強いものも許容されている。
もともと喉の渇きを癒すためのビールであったため、ベタベタとした甘さが残るのではなく、清涼感に溢れ、甘さが控えめで、後味もスッキリとドライであることが求められている。したがって、度数が高い場合でも口当たりは軽く飲みやすいことが重要である。
ホップやモルトのフレーバーも、強さとしては中程度以下であり、それよりは発酵による生成されるフルーティーなエステルのアロマや、ブラックペッパーを思わせるようなスパイシーな香りが特徴となっている。
現在ではいわゆるセゾン酵母と呼ばれる酵母が使用されており、これこそがセゾンのキャラクターを形作っていると言っても過言ではない。酵母が活発に働いているため、発泡性が高く、グラスに注ぐとこんもりと濃密でしっかりとした泡が盛り上がるのも特徴である。
かつて農家が自家醸造を行なっていた時代は、彼らは独自の酵母を使いまわしていた。このことにより、他の地域の酵母と交配することなく、独特なフルーティーかつスパイシーな特徴を引き出すことができる酵母種が生き残ってきたと考えることもできる。
また彼らによって使われていた酵母の中には、現在ブレタノマイセスと呼ばれている野生酵母も含まれており、これにより独特なホースブランケットや馬小屋にも喩えられるような、ある種独特な香りが感じられることもある。ただし、これは必須ではなく、かつ、ビール全体のフレーバーを崩すことなくほのかに感じられる程度で許容されるというくらいに考えておけばよい。
ボトルの話
現代の商業的なバージョンでも、セゾンはシャンペンによく似たボトルに詰められることがある。これは決してブランドイメージとして気取った感じを出しているわけではない。実は堅実な農家による倹約の精神に根ざした伝統に基づいているのだ。
農家が自家用酒を作る際、ビールを詰める容器としては捨てられていいたボトルをリサイクルして使うことが多かった。ボトルを洗浄し、ビールを詰めて、コルク栓をした上、さらに針金で補強した。セゾンは発泡性の高いビールであり、かつ瓶詰め後も酵母が残り2次発酵するものであったため、シャンペンボトルは最適であった。
まさに安価で手に入り、頑強で、何度でも使い回すことができる、現代風に言えば、サステイナブルな、すなわち持続可能性の高いボトルだったわけである。
フランスとの関係
セゾンがもともと作られていたベルギーのワロン地方は南部地域でフランスやドイツとの国境に位置していることから公用語はフランス語とドイツ語である。ただしドイツ語圏はかつてドイツ領であった一部の市町村に限られており、ほぼ、フランス語が使用されている。
実は、この地域と接するフランスの北西部、オー・ド・フランス地域圏、より狭い意味では、かつてのノール・パ・ド・カレー地域圏では、セゾンに似たスタイルのビールが伝統的に作られてきた。ビエール・ド・ギャルド、というビアスタイルである。
ギャルド(garde)はフランス語で「保存する」という意味であり、やはり農家によって作られた長期熟成させるビールのことを指している。このビールは早春に仕込みが行なわれ、夏に消費される、セゾンと同様に農民たちの自家用酒として作られてきたビールなのである。
そのため、セゾンとビエール・ド・ギャルドの間には類似した特徴が多く見られる。発泡性が高く清涼感に満ちていること、酵母由来のフルーティーかつスパイシーなアロマがハッキリと感じられることなどである。
一方、違いはと言えば、ビエール・ド・ギャルドの方が麦芽由来のトーストのような香りや甘みがはっきりと認められる点であろうか。アルコール度数としてもクラシック・セゾンより高いものも許容されている。
寛容なスタイル
実はセゾンの定義としては、冒頭で述べた、「かつて農民によって作られた農閑期に仕込まれ、夏に消費されるビール」以外の決まりごとはあまりなく、酵母に特徴がある以外は特定のレシピがあるわけでもない。したがって、見た目やアルコール度数を含め、非常に幅広いビアスタイルであると言える。言葉を選ばずに言えば、「何でもアリ」なわけだ。
特に「スペシャルティ・セゾン」というビアスタイルでは、副原料の使用も認められており、すでに述べたとおり、ハーブやスパイス、フルーツなどを用いることも許容される。実は、かつて農民が作っていたビールでも、清涼感や深い味わいを引き出すために、ハーブやスパイスが使われていたと言われている。
また、「スペシャルティ・セゾン」では、ホップの苦味も「クラシック・セゾン」に比べて強いことも認められている他、高温で焙燥した濃色の麦芽の使用も許されているため、焦げ茶色や黒に近い色をしたセゾンもありうるというわけである。
特に近年のクラフトビールの隆盛の中では、世界各地のブルワリーが、さまざまなひねりを加えたセゾンを作っている。中にはワイン樽やウイスキー樽で熟成させたバージョンなども見られるのだ。
元来は清涼感が高く、フルーティーかつスパイシーで喉の渇きを癒すのに最適なビール、という位置づけであったが、そのままじっくりと味わうもよし、あるいは食事に合わせてもよし、というオールラウンダーである、というのが、セゾンの現代的解釈としてはふさわしいとさえ考えられるのである。
代表的銘柄
《クラシック・セゾン》
Saison Dupont(ベルギー)
St. Feuillien Saison(ベルギー)
横浜ビール・ヨコビセゾン(青森県/IBC2021金賞*)
和泉ブルワリー・3A Farmhouse ale(東京都/JGBA2021金賞**)
大和醸造・はじまりの音 セゾン(奈良県/IBC2021銀賞* JGBA2021銀賞**)
オクトワンブルーイング・カヤバセゾン(群馬県/IBC2021銀賞*)
六甲ビール・Saison(兵庫県/JGBA2021銀賞**)
オラホビール・ヌーベルセゾン(長野県/JGBA2021銀賞**)
遠野麦酒ZUMONA・遠野のホップ農家から〜Ibuki Hop Saison〜(岩手県/IBC2021銅賞*)
大山Gビール・グランセゾン(鳥取県) 大山Gビール・グランセゾン(鳥取県)
《スペシャルティ・セゾン》
Derailleur Brew Works・Koji Saison(大阪府/IBC2021銀賞*)
横須賀ビール・Yokosuka Mikan Saison(神奈川県/JGBA2021銀賞**)
宇佐美麦酒・Usami Saison(静岡県/JGBA2021銅賞**)
常陸野ネストビール・セゾン・ドゥ・ジャポン(茨城県)
* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards
かつては冬仕込みで夏の飲むのがセゾンであったが、現在ではその名に反して一年を通して醸造され、いつでも楽しむことができる。寒さをしのいで温められた室内で、スッキリとしたセゾンを楽しんだって、誰にも責められることなどあろうはずがない。
さらに知りたい方に…
さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)
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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会の「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。