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1. アメリカン・ウィートビール


緒言に代えて

2021年の年末から、24回シリーズで「ビアスタイルのはなし」をnoteで連載した。今回、その上級編を始めることにした次第である。何が上級か。この連載は、いわゆるクラフトビールって何?ビアスタイルって何?というビギナー向けの内容は想定していない。どちらかというと、現在ビアテイスターやビアジャッジの資格を持っている方、これから資格を取ろうとしている方、ビール醸造家でスタイルガイドラインを参考に審査会への出品を考えている方などを主な読者として想定した連載である。

具体的には、現在日本地ビール協会が発行しているビアスタイルガイドライン2404すべてのビアスタイルについて、その記述内容を吟味し、スタイルに関する理解を深めようというものである。そのため、図や写真もほとんどなし。かなり硬派な連載記事になると予想している。

これにより、ビアスタイルガイドラインがどのような思想のもとに執筆されているのか?ビールのアロマやフレーバーにおけるバランスの考え方とは何か?が浮き彫りにできるのでは?と目論んでいる。さらには、自分自身がよくわかっていない部分も見えてくるかもしれないという自己学習的な側面もあったりする。この意味で、万が一記述に不正確な部分やあいまいな部分があれば、ぜひコメントを寄せてもらえるとありがたい。

現在120あるすべてのスタイルについて吟味することが目的であるので、週1回リリースしても丸2年以上かかると思われる。原則、1回1スタイルとするが、複数のスタイルをまとめて吟味した方がベターな場合もあると思われるので、実際には
120 を下回るであろうと予想している。リリース順は潔く、スタイルの1番から順番に攻めていこうと考えている。

ということで、第1回はガイドラインの冒頭を飾る「アメリカン・ウィートビール」である。

そもそもアメリカン・ウィートビールとは?

アメリカン・ウィートビールは、あまり馴染みのない方もいるかもしれないが、1980年代初頭のアメリカのクラフトビールムーブメントの頃から連綿とと作り続けているスタイルである。ペールエールやIPAの影に隠れて地味な印象はあるけれども、当時は多くのブルワリーが作っていたポピュラーなスタイルであった。ウィート、とその名に冠しているため、小麦を使用しているビールで、さわやかな飲み口が特徴である。アメリカン・ウィートビールには以下の4つのサブスタイルがある。

  • 1-A: 酵母なしライトアメリカン・ウィートビール

  • 1-B: 酵母なしダークアメリカン・ウィートビール

  • 1-C: 酵母入りライトアメリカン・ウィートビール

  • 1-D: 酵母入りダークアメリカン・ウィートビール

ここで注意してほしいのは、アメリカン・ウィートエールではなく、アメリカン・ウィートビールであるという点である。つまり、エールであるとか、ラガーであるとかは一切問うていない。どちらもアリということ。実際、上の4つのサブスタイルのすべての記述において「少なくとも30%以上の小麦麦芽を使用し、エール酵母もしくはラガー酵母を使用して発酵させる」と書かれている。アロマやフレーバーなど、スタイルの記述においてもこのことが少なからず影響してくる。

以下では、まず 1-Aの酵母なしライトアメリカン・ウィートビールを取り上げ、その後、残りの3つのサブスタイルが1-Aとどのように異なっているのか、読み解いていくことにする。

1-A 酵母なしライトアメリカン・ウィートビール:外観

まずは、外観から。
「色合いは、ストロー(麦わら色)からライト・アンバーの範囲」とある。SRMは2から7なのでオレンジ色まで届かないくらいの色合いである。スタイル名の「ライト」は色が淡いことを意味している。また、「冷温白濁があっても許される」とされている。冷温白濁の主たる原因はタンパク質やポリフェノールであると言われる。温度が高い場合はこれらが液体に溶解していて見えないが、飲むのに適した温度や0度くらいにまで冷やすと、凝結して目に見えるようになる。通常は、ほのかな霞み程度で、混濁するというレベルになることはほとんどない。ウィートビールは小麦を使用しており、大麦だけで作られたビールに比べタンパク質の含有量が多い。このことから冷温白濁が生じる可能性は否定できないと考えるのがリーズナブルであろう。

1-A 酵母なしライトアメリカン・ウィートビール:アロマとフレーバー

「フルーティーなエステルはローからミディアム」とある。あれ?ラガーもありなんじゃない?と思った方もいるだろう。あなたは正しい。一般にエステルはエールで多く感じられ、ラガーではほとんど感じられないとされている。ただ、ラガーであっても発酵プロセスを経る以上、エステルの生成は否定できない。そのアロマが人間の閾値を超えて生成されているかどうかだけの問題である。その意味で、ラガーであっても「エステルはまったく感じられない」と断ずることの方が不自然であるとも言える。私が講師を務めるビアジャッジ認定セミナーでは、アロマのローレベルとゼロレベルは同一視していい、と話すことが多い。その考え方からすれば、ラガーもエールもどちらもアリ、である以上、エステルが「ローからミディアム」という書き方は決して矛盾しているとは言えない。注意すべきはミディアムより強くはならないこと。すなわち、決して強く主張するようなレベルにはなっていないというところを押さえておこう。

「ホップのアロマとフレーバーおよび苦みは、ローからミディアム・レベル」であり、「モルトのアロマとモルト由来の甘みはローからミディアム・レベル」とされている。つまり、ホップもモルトもエステルもすべてローからミディアムレベルで、それ以上強く主張することはないというわけ。どちらかというと低レベルから中レベル程度のところで三者がバランスをとっているというのが、このスタイルの特徴ということになる。香りが強く主張しないハーブやスパイス、フルーツなどの副原料を使ったビールのベースとしてこのビアスタイルを使用した例なども見かけることがあるが、ベースのビール自体に派手なアロマやフレーバーがないという意味で、このような選択は適切であると考えることもできるだろう。

オフフレーバーとしては「ダイアセチルはあってはならない」とされている。ラガーの場合はダイアセチルの発生をある程度抑制できるが、エールの場合は必ずしもそうではないのでは?と思う方もいるだろう。伝統的なビアスタイルではこの考え方に基づいてスタイルの記述も行なわれているものが多い。アメリカン・ウィートは1980年代以降に出現した新しいビアスタイルであり、近代的な醸造技術を用いることで、ある程度ダイアセチルが抑制できること、さらにはこのスタイルがエールもラガーも両方含んだものであることからダイアセチルは許容しないという定義になっているのではないかと考える。

1-A 酵母なしライトアメリカン・ウィートビール:ボディ

「ボディは非常にライトからミディアムの範囲」とされている。冒頭でも述べたが、このビアスタイルは、ペールエールやIPAと比較しても非常に飲み口が軽やかであることが一つの特徴である。小麦麦芽を使用しておりタンパク質の含有量が多いとは言え、ボディはミディアムより強くはなりませんよ、ということを明言している。現在のスタイルガイドラインでは、ヘーフェヴァイツェンでさえ、ボディはミディアムとされているので、この表現は極めてリーズナブルであると思われる。

1-A 酵母なしライトアメリカン・ウィートビール:他のスタイルとの差別化

「フェノーリックなクローヴ香があってはならない」という記述がある。これは酵母として南ドイツスタイルのヴァイツェンを醸造する際に使われる「ヴァイツェン酵母」のようなものは使わない、ということを明言しているものである。言い方を変えれば、アメリカン・ウィートとヴァイツェンをこの一文で明確に区別していると言える。

また、「酵母を完全に濾過しているため、マウスフィールに酵母が感じられてはならない」とある。これは、後に述べる「酵母入り」バージョンのサブスタイルと明確に区別するためである。

1-A 酵母なしライトアメリカン・ウィートビール:その他のパラメータ

最終比重、すなわち発酵終了後の比重が1.004〜1.016(プラート度で1.0-4.1)である。多くの方が飲み慣れているであろうジャーマン・ピルスナーで1.006〜1.012なので、下はピルスナーよりわずかに軽く、上は少し重ためという感じ。ボディのところで「非常にライト」なこともあるという書き方をしていたので、レンジの下限がこの程度であることはリーズナブル、一方、上は小麦を使用していることにも由来するかもしれない。

これに対し、初期比重は1.036〜1.056でアルコール度数は3.5〜5.5ABVと比較的レンジが広い。以上のパラメータは4つのサブスタイルすべてに共通している。

1-B 酵母なしダークアメリカン・ウィートビール

では、次に1-B ダークアメリカン・ウィートビールについて見てみよう。1-Aのライトアメリカン・ウィートと1-Bの違いは、はっきり言ってしまえば色だけである。実際には色が違うことでアロマやフレーバーにも違いが出てくるが、要は濃色麦芽の使用量が違う、この1点に集約することができる。

そのため、1-Bにおいて1-Aと記述に違いが見られるのは以下のような点である。

  • 色合いは、アンバーからダーク・ブラウンの範囲(SRMで8〜22)

  • ココア、チョコレート、カラメル、タフィーキャンデーもしくはビスケットを思わせるモルト・キャラクターがミディアム・ローからミディアム・ハイ・レベルで感じられてもよい

  • モルト由来の甘みはミディアム・ローからミディアム・ハイ

  • 濃色なバージョンの場合、ローストモルト由来の渋みはモルトの甘味とバランスがとれている限り許される

つまり、濃色麦芽を使用することにより、1-Aよりもモルトフレーバーを高めたバージョンということになる。「濃色なバージョンの場合」とわざわざ断っている部分があるが、SRMが8〜22ということは8だと琥珀色、22だとかなり濃い目の焦げ茶色くらいになるので、ダークとは言えそのレンジが広いこともわかる。

実は、上に書いた以外にももう一つ違いがあるビタネス・ユニットである。1-Aの苦味価は10〜35 IBUであったのに対し、1-Bは10〜25 IBUである。このことからも1-Bの方がよりモルティなキャラクターを強調していますよ、という思想が垣間見える。逆に1-Aは多少ホッピーであってもOKということになる。また、濃色なバージョンでローストモルト由来の渋みがある程度許されるということは、IBUが高すぎるとホップの苦味との相乗効果でエグ味のようなものが感じられるリスクがあることから、IBUが控えめに設定されていると考えることもできるだろう。

1-C 酵母入りライトアメリカン・ウィートビール

さて、では次に1-Cの酵母入りライトアメリカン・ウィートビールと1-Aの酵母なしバージョンを比較してみよう。明らかにこの両者の違いは酵母を濾過しているかどうか、この1点に尽きる。そのため、両者の記述の違いは基本的に以下の点に限られる。

  • 酵母と一緒にパッケージングされるため、見た目はほのかに霞みがかった状態から非常に濁った状態まで範囲が広い

  • 酵母の混入量が多いとマウスフィールも豊満になる

酵母が入っていることで濁りが生じ、口当たりがまろやかになるということなので、これは極めてリーズナブルな記述であると言える。

ところが、もう一つ違いがあることに気がつく。ホップのアロマとフレーバーに次のような記述がある。

ホップのアロマとフレーバーおよび苦味もローからミディアム・レベルであるが、酵母の使用量に応じて苦味のレベルが上がる

実は、ビール酵母に限らないが、酵母自体にもわずかながら苦みがある。それにより劇的に苦味が強くなるわけでは決してないと思われるが、ビアスタイルガイドラインを通じて、同じスタイルの中にサブスタイルとして酵母なしバージョンと酵母入りバージョンの双方が含まれるスタイルはこのアメリカン・ウィートビールのみであるので、サブスタイル間のフレーバーの違いを際立たせるためにこのような書きぶりになっているのかな?と筆者は考えている。

1-D 酵母入りダークアメリカン・ウィートビール

以上で、1-Aを基準として、濃色麦芽を使用した1-B、酵母を濾過していない1-Cの違いを比較してきた。最後は1-D の酵母入りダークアメリカン・ウィートビールだが、1-Aと比較した場合、1-Bおよび1-Cに見られた特徴がすべて反映されているだけ、と考えるのが自然である。実際、ガイドラインの記述もほぼその通りで、1-Bと1-Cを組み合わせた表現になっている。

ただ、1ヶ所だけ微妙な違いがある。それは1行目、色合いのところである。色合いは「ミディアム・アンバーからダーク・ブラウンの範囲」とある。1-Bが「アンバーからダーク・ブラウンの範囲」だったので、アンバーがミディアム・アンバーに変わった部分だけが異なっている。

すみません、これはちょっとわからない。そもそもアンバーとミディアム・アンバーのどちらが濃いかすら想像もつかない。無印のアンバーはライトアンバーでもダークアンバーでもないとすれば、そもそもミディアムなんじゃ…という疑いもあるし。ということで、原典でもある米国Brewers Association(BA)のガイドラインを引いてみた。BAのガイドラインでは2018年まではこれら4つのスタイルを区別していたが、2019年以降は一つのスタイルとしてまとめた表現になっている。そこで、2018年版を確認してみると、酵母なしも酵母ありも「ミディアム・アンバーからダーク・ブラウン」と書かれていた。

…..ということで、日本版の不具合である可能性がきわめて高い。2年後の改訂時の修正ポイントを見つけてしまいました。今回の記事の一番大きな収穫かもしれないね。

おあとがよろしいようで….(苦笑)

おくゆかしく宣伝を…

さて,このようなビアスタイルについて楽しくざっくりと知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。

また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。すでに資格をお持ちの皆さんは、ぜひ周りの方に薦めていただきたい。会場で会いましょう。

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