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Episode 18: 米国のサワーエール〜ファンクの波〜

「ファンク」という音楽ジャンルがある。1960年代にジェームス・ブラウンによって西アフリカのポリリズムをベースに原型が作られ、その後、1970年代に西海岸のロックと融合して全米で受け入れられるようになり、次第に大きな波となって世界的に広がっていった。

ビールの世界で「ファンキー」というと、すでに何度か登場した「ブレタノマイセス」という野生酵母によってもたらされる革や山羊、馬小屋などを思わせる香りのことを指す。

ランビックやセゾン、前回扱ったヨーロッパのサワーエールなどに見られるこの手の香りをもつビールは、米国、特にコロラド州やカリフォルニア州など、西海岸のクラフトブルワリーの手によってアレンジが加えられ、やがて全米に、そして全世界へと波及していった。

まさに70年代、音楽の世界で起こったファンクの波が、21世紀に入った頃からビールの世界にも起こったというわけである。今や同じようなサワーエールは日本を含め世界中で作られるようになった。

アメリカで生まれ変わったサワーエールは、ヨーロッパで作られた伝統的なビアスタイルとは微妙に異なっている。では、アメリカで生まれたスタイルとヨーロッパ発祥のオリジナルのスタイルとでどのような違いが見られるのか、そのあたりから探ってみることにしよう。

ブレットビール

すでに紹介したとおり、ベルギーのランビックは自然発酵ビールであり、ビール酵母を加えるのではなく、空中に浮遊する酵母が麦汁に取り込まれて、発酵が行なわれるというものであった。このとき取り込まれる野生酵母には、ブレタノマイセス属の酵母が含まれており、それがランビック特有の、いわゆる「ファンキー」な香りを作り出していたわけである。

ブレットビール(Brett beer)というビアスタイルは、このランビックのようにブレタノマイセス属の野生酵母を用いて発酵が行なわれたビールである。

メイン州のアラガッシュ・ブルーイングなど、本場のランビックのようにクールシップを用いた自然発酵に取り組んでいるところもあるが(下写真はアラガッシュのクールシップ)、通常は麦汁に一般的なビール酵母を投入する代わりに(あるいはビール酵母に加えて)野生酵母を投入して発酵を行なわせる場合が多い。

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酵母も自然界から採取された正真正銘の「野生酵母」である必要はなく、培養されたブレタノマイセス属の酵母を用いてもよいとされている。

独特の香りだけではなく、ブレタノマイセスにより酸味ももたらされるが、実はブレタノマイセス属によって生じる酸味はそれほど強くない。したがって、ブレットビールの酸味は一般的にはミディアム(中程度)よりも弱いとされている。

ブレタノマイセスはゆっくりと成長するため、発酵や熟成に時間をかけることが少なくない。そのため、バーボンやシェリーの空き樽などの木樽でビールを熟成するブルワリーもある。

ただし、出来上がったビールにバーボンやシェリー、ワインなどを思わせる樽香がついてしまうのは、ブレットビールとしてはNGである。ブレットビールは、あくまでもブレタノマイセス由来のファンキーアロマを楽しむためのビールだということである。

ブレタノマイセスのような野生酵母を取り扱うのには細心の注意が必要である。扱いを間違うと、他の醸造設備や、最悪の場合、醸造所内全体がこの野生酵母に汚染されてしまうことも考えられる。ブレットビールしか作っていない醸造所ならともかく、こんなことが起こると他のどんなビールにも、本来あってはならない不快な香りがついてしまうことになる。

暴れん坊をコントロールするのは難しい。しかし、ビールファンにとっては、そんな暴れん坊が繰り出す「変化球」も、かけがえのない楽しみであるというわけである。(下写真はカリフォルニア州のロスト・アビイのバレル・ルーム。入り口の上に「ブレタノマイセスを信じる」という意味のラテン語が書かれている。)

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ミックスドカルチャー・ブレットビール

ミックスドカルチャー・ブレットビールは、上記のブレットビールの亜種である。違いは、ブレタノマイセス属の野生酵母に加え、他の微生物やバクテリアが発酵のために用いられていることである。

"culture" という英単語には「文化」という意味の他に、「培養菌」という意味もある。このスタイルは文字通り、ブレタノマイセスと他の微生物をミックスして作られたもの、という意味をもつのである。

他の微生物、と言ってもさまざまな種類があるが、一般的には乳酸菌酢酸菌が用いられることが多い。前回紹介したベルリーナ・ヴァイセやフランダースのサワーエールなどでも乳酸菌が用いられていた。これによりハッキリとした酸味が与えられるため、いわゆるサワーエールとしての特徴がしっかりと現れたスタイルであると言える。

ヨーロッパのサワーエールではいわゆるラクトバシラス属ペディオコッカス属などの乳酸菌が用いられることが多い。これらの乳酸菌はいわゆるヨーグルトやザワークラウト、キムチなどを作る場合にも利用されるものであり、糖から乳酸を生成し、さわやかな酸味を生み出してくれる。

しかし、ラクトバシラスやペディオコッカスもコントロールを誤るとビールにとっての汚染菌にもなってしまうため、取り扱いには注意が必要である。

また、ペディオコッカスは、ダイアセチルという、ビールにとってはあってはならない、バターにも似たオフフレーバーを生成することでも知られている。ただし、このダイアセチルは時間とともにブレタノマイセスに吸収され、これにより酸味が生成されるため、このビアスタイルにとってはもってこいの微生物と考えることもできるだろう。

前述のとおり、ブレタノマイセス単独では、それほど強い酸味が得られるわけではない。したがって、このビアスタイルはブレットビールがもつブレタノマイセス属由来の独特な香りを活かしつつ、かつ、酸味を強調したビアスタイルと考えることができる。

アメリカンスタイル・サワーエール

さて、上で紹介した二つのビアスタイルはいずれもブレタノマイセスを用いたものであったが、最後に紹介するのは、ブレタノマイセスを用いないサワーエールである。

したがって、アメリカン・サワーエールでは、ブレタノマイセス特有の馬小屋のような香りはあってはならない。言い換えれば、ブレタノマイセス属の野生酵母さえ使わなければ、他のどんな手法で酸味をつけても構わない。

その手段は多岐にわたっている。例えば、上のミックスドカルチャー・ブレットビールと同じように、乳酸菌や酢酸菌のような酸味を生成する微生物ないしバクテリアを発酵や熟成の工程で投入することが考えられる。

また、麦芽を湯で煮て糖化(マッシング)させる工程で、菌を含んだ穀物や乳酸菌そのものを添加することでマッシュそのものを発酵させる、いわゆるサワーマッシュという手法がある。バーボンなどで使われている方法をビールに応用した手法である。

この他、糖化が終わった後、煮沸釜(ケトル)に移した段階で乳酸菌などを添加して発酵させるケトルサワリングと呼ばれる方法もある。この方法で発酵し、乳酸を含んだ麦汁は煮沸されることになるが、この時点で乳酸菌を死滅させる、すなわち殺菌することができる。そのため、他の設備などが汚染されるリスクが低くなるわけである。

さらにシンプルな方法としては、乳酸発酵させた麦芽を用いてビールを作るというものである。サワーモルトとかアシッドモルトなどと呼ばれるこのような麦芽は、通常は麦汁のpH値を下げるために用いられる。

アルカリ性の高い水でビールを作ると、糖化が十分に行なわれなかったり、爽やかさが減退してボケた味になったり、ホップの香りが十分に抽出されなかったり、さらにはエグ味が強くなったり、などの問題が起こる。そのために、醸造工程において麦汁のpH値を適切にコントロールするために、このような麦芽が用いられるのが一般的である。

近年、このような目的ではなく、サワーモルト自体の酸味を活かしてサワーエールを作るということも行なわれるようになってきたというわけである。

サワーモルトは乳酸発酵しており酸味もあるが、麦芽を焙燥する時点で殺菌が行なわれているため、汚染などのリスクが低い。さらに、ビール用の麦芽に混ぜ込むだけで、あとは通常の醸造法で酸味のあるビールを作ることができるため、手法としてはシンプルである。ただし、乳酸菌そのものを使用した場合ほど強い酸味を作り出すことは難しい。

フレーバーのバランス

一般的にビールの味のバランスと言えば、麦芽由来の甘みとホップの苦味のバランスのことを指す。これはハイアルコールに関する記事の中でも述べた。

ビールを含む醸造酒は、ビールや日本酒のように穀物由来のものであれ、ワインのように果実由来のものであれ、何らかの糖分を酵母によってアルコールに変換することで作られる。ただし、酵母はすべての糖分を分解するわけではないので、出来上がった酒には、一般的にいくぶんかの残留糖分が含まれる。酒をこぼすとベタベタするのもこの残留糖分によるものである。

この残留糖分が何でマスクされるかが、酒の種類によって変わってくる。ワインなどの果実酒であれば、果実そのものに含まれるリンゴ酸などに由来する酸味が関わってくるし、日本酒だと麹や酵母の働きで「もろみ」の中に生成されるコハク酸やリンゴ酸が重要になってくる。これらの有機酸の効果でスッキリとした味わいの酒が出来上がる。

これに対し、ビールの場合はどうか。発酵により生成される有機酸が寄与する分もゼロではないが、現代のビール醸造においては、ホップを添加することで甘みと苦味のバランスを取り、すがすがしい味わいを作り出していることが何よりも重要である。

しかし、サワーエールの場合はそれほど単純ではない。ランビックなどのようにホップの苦味が強くないものもあるし、アメリカンサワーエールでも、ホップをゴリゴリに効かせたものもあれば、そうでないものもある。

サワーエールにおいては、バクテリアなどで生成された乳酸や酢酸由来の酸味が、麦芽由来の甘みとどれだけバランスが取れているか、が重要である。もちろん、ホップの苦味もそこに加わるため、三者が絶妙なバランスを保つことが何よりも大切、ということになるわけである。

ブレットビールやアメリカン・サワーエールにはフルーツなどを用いたバージョンもある。こういったものの場合は、上の三者に比べ、さらに使用されたフルーツのフレーバーとのバランスも重要になってくる。誤解を恐れずに言えば、四次元のビールとでも呼ぶべきだろうか?

代表的銘柄

《ブレットビール》
  Crooked Stave St. Bretta(米国)

  2nd Story Ale Works・Farmhouse Japonica 2021(徳島県/IBC2021金賞*)

《ミックスドカルチャー・ブレットビール》
  Breakside Queen of the Rodeo(米国/IBC2021金賞*)
  ダイヤモンドブルーイング・fragolon(熊本県/IBC2021銅賞*)

《アメリカンスタイル・サワーエール》
  New Belgium La Folie(米国)
  Boatrocker Jungle Jive(オーストラリア)
  和泉ブルワリー・Comeback(東京都/IBC2021銅賞* JGBA2021銅賞*)
  Vertere Nox(東京都)

《フルーツ入りアメリカンスタイル・サワーエール》
  Sierra Nevada Wild Little Thing(米国)
  Indeed Lucy Session Sour(米国)
  さかい河岸ブルワリー・Miyata Berry(茨城県/IBC2021銀賞*)
  平和クラフト・Berry Sour Ale(和歌山県/IBC2021銅賞*)
  2nd Story Ale Works・よっちゃんBerry(徳島県/IBC2021銅賞*)


*IBC: International Beer Cup
**JGBA: Japan Great Beer Awards

ここ10年ほどの間に米国発のサワーエール・ブームの波は世界中に到達し、日本においてもいくつかのブルワリーが素晴らしいサワーエールを作っている。好き嫌いは分かれるかも知れないが、もし見かけたら、ぜひ試してみてほしい。それが素晴らしいものであれば、あなたのビールの楽しみ方がまた一つ広がるに違いない。

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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