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6. フィールドビール / 8. ハーブおよびスパイスビール

さて、この「ビアスタイルのはなし・上級編」は、初回に述べた通り、基本的には1回に一つのスタイルについてガイドラインの記述内容を読み解く、という方針で進めることにしている。今回はその掟を破り、「6. フィールドビール」「8. ハーブおよびスパイスビール」の2つを同時に扱うことにしたい。その理由は次回の内容とも深く関係しているので、詳細は次回に述べたいと思う。

フィールドビールは、野菜を副原料にしたビール、ハーブおよびスパイスビールは、その名の通り、副原料としてハーブやスパイスを使用したビールである。いずれも副原料を用いたものであるので、「2. フルーツビール」と対比させながら考察を加えていきたい。では、まず、フィールドビールから見ていくことにしよう。


フィールドビール:外観

フィールドビールの外観については、基本的に「2. フルーツビール」を踏襲しており、以下のような点すべてで基本的な考え方は共通している。

  • 色合いは、ベースにしたビアスタイルに基づいて、ペールから非常にダークな色の範囲

  • 使用した野菜やナッツなどの色を反映している場合が多い

  • クリアでも濁っていても許される

なお、「2. フルーツビール」ではSRM値の範囲が指定されていたが、フィールドビールでは単に「ベースにしたビアスタイルに基づく、または使用した野菜などの原料の色」とされているだけである。この理由はよくわからないが、そもそもフルーツビールの場合も5〜50とかなり幅広く、ほぼなんでもアリの状態だったので、大きな違いはないであろう。

フィールドビール:アロマとフレーバー

「2. フルーツビール」の場合は、エステルに関する記述がなかった。フィールドビールでは、フルーティーなエステルは「ベースにしたビアスタイルによって異なる」とされている。ベースがラガーであることもエールであることもあり得るスタイルであるので、これは妥当である。逆にフルーツビールにおいても同様の記載があってもいいようにも思える。ただ、フルーツビールでフルーツのフレーバーが支配的である場合には、フルーツ由来のアロマやフレーバーとエステルを判別することは容易ではないだろう。一方、野菜の場合は、ある程度その判別はつけられるという考え方もある。

一方、ホップやモルトのアロマとフレーバーについては以下のように記述されている。

ホップのアロマとフレーバーおよび苦味は、非常にローからミディアム・ハイレベル。モルトのアロマとフレーバーも非常にローからミディアム・ハイレベル。

フルーツビールの場合との相違点は、ホップ、モルトとも下限も上限も少しずつ強めになっている点であろう。一般的に副原料に用いる野菜のフレーバーは、フルーツのものほどインパクトが大きくないと考えられる。そのため、アロマのバランスを考慮すれば、よりホップやモルトのアロマを強く認識できると考えるのがリーズナブルであろう。また苦味についてはハイレベルにはならないのが条件である。ホップの苦味がハイレベルになる場合、野菜を使っていたとしても、「103. エマージング・インディア・ペールエール」に該当することが考えられるであろう。

では、実際の野菜のフレーバーはどうだろうか?

このビールは、野菜を香味原料もしくは炭水化物を含む発酵副原料として、糖化時、煮沸時、一次発酵時または二次発酵時に使用してつくられる。野菜のアロマについては強弱を問わないが、ホップのアロマに負けない程度にはっきりとしていること。また、野菜のキャラクターについても強弱を問わないが、ホップやモルトもしくはエステルと調和していること。

ここも基本的な考え方はフルーツビールと類似しているが、いくつかの相違点が見られる。一つは野菜の使用方法として「香味原料もしくは発酵副原料とする」という部分。野菜といっても幅が広い。葉物野菜もあるし根菜もある。特にイモ類をはじめとする根菜の場合は炭水化物を含んでいるため、このような書き方になっていると考えられる。一方、野菜のフレーバーのレベルについては、ホップやモルトだけではなく、エステルとも調和すること、と明記されている。これは上でも述べた通り、フルーツビールでは記述がなかったエステルについて敢えて言及されていたことと無関係ではない。

フィールドビール:その他の特徴

ボディ、初期比重、最終比重、アルコール度数、IBUについては、すべて「ベースとしたビアスタイルに基づく」とされている。すなわちベースのスタイルにおけるキャラクターを反映しているかどうかが鍵となる。

使用される副原料については、これまでにも言及されてきた通り、ココナツが使われている場合は、フィールドビールに該当する。さらに、ナッツ類を使用した場合もフィールドビールに該当する。また、これもこれまでにも同じことが繰り返し書かれていたものであるが、トウガラシ(チリペッパー)を用いた場合は排他的に「11. チリビール」に該当する。

ハーブおよびスパイスビール:外観

ハーブおよびスパイスビールの外観については、「ベースにしたビアスタイルに基づく」と書かれているだけである。さらにクリアでも濁っていても許される、という点もフルーツビールやフィールドビールと共通している。これまでと異なるのは、副原料としてフルーツや野菜を用いた場合は、副原料由来の色が外観に反映される場合が多い、とされてきたが、ハーブやスパイスの場合はそのような可能性が低いため、この点に関する記述はない。また、フィールドビールと同様に色度数(SRM)についてもベースとしたビアスタイルに基づく、とされている。

ハーブおよびスパイスビール:アロマとフレーバー

一般的にハーブやスパイスは飲料や料理の香りや風味を強化するために使用されることが多い。その意味で、アロマやフレーバーはこのビアスタイルの命であるとも言える。したがって、ガイドラインの書きぶりもフルーツビールやフィールドビールとは大きく異なっている。

このビールは、ハーブまたはスパイス(植物の根、タネ、フルーツ、葉、花、その他)を使用してつくられ、それらの風味を特徴としている。ハーブやスパイスのキャラクターは、ほのかに感じられるレベルから激しいレベルまで範囲が広い。また、使用したハーブまたはスパイスの個々のアロマやフレーバーについては識別できてもできなくてもよい。ホップのアロマとフレーバーは必須ではないが、ハーブやスパイスのキャラクターより強くても許される。ホップの苦味は非常にローからミディアム・ロー・レベル。苦味を低く抑えるとハーブやスパイスの香りが際立ってくる。モルトのアロマとフレーバーのレベルについては、ブルワーの意図、ベースにしたビアスタイル、ハーブやスパイスのアロマ・レベルによって異なる。

かなり微妙な言い回しになっていることがわかると思うが、その真意を正確に汲み取る必要がある。まず2番目と3番目の文に着目して欲しい。ハーブやスパイスのキャラクターは弱くても強烈でもいい。それでいて、「個々」のアロマやフレーバーについては識別できなくてもよい、とされている。この2文の意味が矛盾していると感じる人もいるのではないだろうか?しかし、決して矛盾はしていないのである。3番目の文については、複数のハーブやスパイスが混合されているケースを考えればいいだろう。2番目の文においては単一のハーブやスパイスでもいいし、混合されていてもいい。ただ、例えば2種類のハーブやスパイスが配合されていた場合に、それぞれのアロマやフレーバーを個別に識別できるかどうかは問わず、混合された状態で認識できればいいという意味である。

一方、ホップやモルトのキャラクターについては、かなり自由度が許されることが見てとれる。ハーブやスパイスのキャラクターが弱くても強くてもいいにも関わらず、ホップアロマは感じられなくてもいいし、ハーブやスパイスよりも強くてもいいということなので、醸造家の意図によって如何様にもデザインできるように読める。モルトについても同様である。

一方、ホップの苦味については、ミディアムまで到達しないレベルに留めることが条件となっている。これはフィールドビールの場合と同様に、ハイレベルであるようなケースを含めないという考えもあるが、敢えて追記されているように、ハーブやスパイスの香りを際立たせるために苦味は控えめに留めることが望ましいと考えればいいだろう。また、苦味を低く抑えることとハーブやスパイスの香りが引き立てられることとがなぜ関係するのか、首をかしげる方もいるかもしれない。ただ、一般的には、ホップの苦味が強ければ香りも強められる傾向がある。英国品種やノーブルタイプホップであれば、使用されたハーブやスパイスとの間で同系統の香りがケンカしかねないし、米国品種やいわゆるトロピカル系のホップの場合は、繊細なハーブやスパイスの香りを凌駕してしまう恐れもある。このような意味で、苦味を低く抑えた方がこのスタイルの特徴を引き出しやすいと考えることができる。

それからもう一点、上の引用文における冒頭の文で不思議に感じた方はいないだろうか?ハーブやスパイスの例として「フルーツ」が挙げられている。フルーツを使った場合はフルーツビールなのでは?と思った方もおられるだろう。この場合のフルーツはいわゆる植物の「実」、すなわち果実を意味しているが、例えば、「2. フルーツビール」のところで言及があったようにジュニパーベリーのようなケースを考えれば納得がいく。植物の実を使っていても、いわゆるフルーティーなフレーバーが引き出されていればフルーツビールでも構わないが、よりハーバルな香りが感じられれば、こちらのスタイルで問題ないわけである。実際、ガイドラインの記述にも以下のように明記されている。

このビールの概念は複雑で、ハーブやスパイスを使用していてもそれらしいキャラクターが前面に現れていなければ、このビアスタイルには含まれない。

ハーブやスパイスの中には、香りを強く感じられるほど大量に使用すると、苦味や刺激的な辛味、さらにはエグみのようなものもはっきり感じられてしまうものもあるだろう。その意味で絶妙な配合、言い換えれば醸造家の「腕」が試されるスタイルと言うこともできるかもしれない。

ハーブおよびスパイスビール:その他の特徴

フィールドビールと同様に、ボディ、初期比重、最終比重、アルコール度数、IBUについては、すべて「ベースとしたビアスタイルに基づく」とされている。このスタイルにおいても、ベースのビアスタイルにおけるキャラクターが反映されているかどうかが重要というわけである。

使用される副原料についても、ほぼフィールドビールと同様である。トウガラシはある意味スパイスの一種とも考えられるが、ここまで至るところで述べられてきた通り、トウガラシを使用した場合は排他的に「11. チリビール」に該当する。また、カボチャ(パンプキン)を用いたビールで、カボチャ本来の風味よりもハーブやスパイス(シナモンやナツメグなどが使われる場合が多い)の風味が支配的な場合は、「7. パンプキンビール」のサブカテゴリー、「B. パンプキン・スパイスビール」に該当する。このスタイルについては、次回で扱うことにしよう。

出品上の注意

フルーツビールなどの場合と同様であるが、フィールドビールにしても、ハーブおよびスパイスビールにしても、副原料を用いたビールである以上、審査会に出品する際には、いくつかの付加的な情報を明記することが必須である。具体的には以下の通りである。

  • ベースにしたビアスタイル名

  • 副原料(フィールドビールなら野菜、ハーブおよびスパイスビールならハーブやスパイス)の種類と使用したタイミング(糖化時、煮沸時、一次発酵時、二次発酵時、その他)

  • その他、特別な原料を使用していればその名前と使用法

  • ベースのビアスタイルが、ガイドラインに収録されていない既存のスタイルに該当しない場合は「既存のスタイル外」と記述できる

フルーツビールの回でも述べた通り、日本地ビール協会主催の審査会では、既存のスタイル外の場合でも、比較的近いビアスタイルは何か、どのような点がそのビアスタイルと違っているのかを明記することが求められる。

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さて,このようなビアスタイルについて楽しくざっくりと知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。

また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。すでに資格をお持ちの皆さんは、ぜひ周りの方に薦めていただきたい。会場で会いましょう。

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