9. 緑茶ビール / 10. その他のティービール
今回紹介するビアスタイルは日本発のスタイルで、2022年のビアスタイルガイドラインから採用されたものである。現段階では日本以外で世界中どこを探しても、このスタイルが定義されている国や地域はないであろう。副原料としてお茶を使ったビールである。スタイルとしては二種類定義されており、一つが緑茶を使用したビールで、茶葉が緑色であるもの、もう一つはそれ以外の茶葉、具体的には発酵茶葉やほうじ茶のようにローストした茶葉などを用いたものである。この二者間には当然香りやフレーバーの上で大きな違いがあるわけだが、それ以外の部分ではその特徴はほぼ共通している。したがって、まずは両者の違いであるアロマとフレーバーから比べていくことにしよう。
緑茶ビール:アロマとフレーバー
まず、緑茶のアロマについては、以下のように記述されている。
このスタイルの特徴は、その名にあるように茶葉の色にある。「しばしば『爽快な若葉の香り』と称される」という一節があるように、緑色の茶葉に由来する香りが感じられることが必須要件である。ただし、単に緑茶と言っても、繊細な香りの煎茶もあれば、比較的濃厚な香りが感じられる抹茶もある。したがって、その香りの範囲は広く、ミディアム・ローからハイ・レベルまで、とされている。ベースにしたビアスタイルのキャラクターと調和すべき、という部分はフルーツビールやフィールドビールをはじめとする他の副原料を用いた場合と同様である。
一方、ビールならではのホップやモルトのアロマとフレーバーについては、いずれもベースにしたビアスタイルによって異なる、とされている。したがって、どんなビアスタイルであっても、ベースの特徴を保持した上で、上に示したような緑茶の特徴がバランスよく感じられることが求められるということである。ただし、ホップの苦味については明確に規定されている。
ホップの苦味のレベルはローからミディアムと比較的弱めに設定されている。これは緑茶ならではの苦味とのバランスを考慮してのことである。したがって、仮にベースがIPAのようなハイレベルの苦味が感じられるスタイルであったとしても、緑茶のほろ苦さを凌駕してしまうような強いレベルであってはNGということである。「緑茶由来のキャラクターと調和」と書かれている部分がまさにこのことを指している。
また、緑茶には独特の渋みもあることはみなさんもご存知のとおりだろう。ガイドラインには以下のように記されている。
一般的に、ビールにおいて渋みは酸化のバロメータとされており、渋みが感じられたビールは新鮮さが失われているもの、と考えられるケースが多い。ところが、緑茶ビールの場合、カテキン由来の渋みについてはある程度のレベルであれば認められている。フレッシュな状態であっても渋みが認められる稀有なビアスタイルと言えるだろう。
その他のティービール:アロマとフレーバー
続いて、その他のティービールのアロマやフレーバーについて見てみよう。
まず、このスタイルに使用が許される茶葉の種類であるが、紅茶やウーロン茶などの発酵茶葉を用いたもの、またはほうじ茶のようなローストした茶葉を使用したもの、さらには玄米茶などが例示されている。玄米茶は緑の茶葉を使用しているため、緑茶ビールでは?という考える方がいるかもしれない。しかし、炒った米が使用されており、これによる香ばしい香りを特徴とするものであるため、緑茶ビールで述べたような「若葉の香り」が主たる特徴ではないことから、こちらに含めるのが適当であると考えられる。
茶葉のアロマやフレーバーの強さについては、ミディアムからハイと、緑茶ビールの場合よりも気持ち強めで定義されている。これは発酵や焙煎による茶葉の特徴が、緑茶そのものの香りよりも強く感じられるケースが多いことからリーズナブルな設定と言えるだろう。ベースのビアスタイルのキャラクターと調和すべき、という部分は緑茶ビールと変わらない。
緑茶ビールの場合と少し異なるのは、苦味や渋みに関する部分である。緑茶は茶葉に含まれるカテキン由来の渋みがそれなりの強さで感じられること、また、ホップの苦味も緑茶由来のフレーバーとバランスすることが必須とされていた。一方、その他のティービールでは、渋みは「あっても許される」とされている。ホップの苦味についてはビアスタイルによって異なるとされているだけである。つまり、渋みや苦味はこのビールに必須な特徴的な要素ではないということである。これは一般的に茶葉に含まれるカテキンの量が焙煎によって失われ、ほうじ茶などの場合、緑茶と比較して渋みや苦味が弱いとされていることに由来する。
なお、ホップやモルトのアロマやフレーバーについては、緑茶の場合と同様、べーすとなったビアスタイルによって異なる、とされているだけである。
他のスタイルとの差別化
まず、ほうじ茶や玄米茶が「10. その他のティービール」に該当するとされている点は上で述べたとおりである。
一方、「10. その他のティービール」の記述において、その他のお茶については以下のように記述されている。
すなわち、名称としてティー、ないし茶と呼ばれていたとしても原材料が茶葉ではないものや、仮に茶葉を使用していたとしても、そのアロマやフレーバーが茶葉そのものというよりもフルーツやハーブその他のものを連想させるようなものは、緑茶ビールにもその他のティービールにも該当しないということである。たとえば、緑茶やウーロン茶の茶葉をしようしていたとしても、フルーツのフレーバーがつけられたフレーバーティーのような茶製品は現存する。そういった場合、フルーツのフレーバーが際立っているとすれば、緑茶ビールやその他のティービールではなく、「2. フルーツビール」にエントリーするのが適当ということになるだろう。実際、フルーツビールでは、果実や果汁のみを使うと定められているわけではなく、エッセンスの使用も許されている。フレーバーティーの場合はこれに該当すると考えることができるのではないだろうか?
外観
ここからは二つのビアスタイルに共通した項目についてまとめていこう。まずは外観についてである。双方のスタイルとも以下のような記述となっている。
ベースにしたビアスタイルに基づいて、ペールからダークな色の範囲
使用した茶葉(緑茶ビールの場合は緑茶)の色を反映している場合が多い
茶葉(や粉茶)から抽出されるカテキン(ポリフェノールの一種)によって、外観は霞んでいたり濁っていたりする場合がある
色については、「2. フルーツビール」など、他の副原料を使用したビアスタイルと同様である。さらに、透明度については、茶葉由来の濁りを許している。一点違いが見られるのは、緑茶ビールにおいては、「霞んでいたり濁っている」と断言されているが、その他のティービールにおいては「濁りがあっても許される」と濁りに関する自由度が許されているように読める。しかし、緑茶を用いた場合であっても、必ずしも霞みや濁りが生じるとは限らないと考えられるため、個人的には緑茶ビールの場合もクリアであっても許すような記述の方がふさわしいような気がしている。
このことについては、おそらくカテキンの含有量によって茶葉のアロマやフレーバーのレベルに影響があることを鑑みてこのような記述になっているものと予想される。緑茶ビールの場合には、霞みや濁りが一切生じない程度しか使用しないと、茶葉のアロマがほとんど感じられないようなケースがある、という考察もあり得るかもしれない。しかし、緑茶ビールの場合には緑茶のアロマはミディアム・ロー以上と、その他のティービールと比較して低めに設定されている。すなわち、緑茶ビールにおいては、濁りが生じない程度に茶葉を使用した場合はアロマは低めに、しっかりと濁るような場合ではアロマはそれ以上で感じられるようなケースが多いのではないかとも考えられる。いずれにせよ、このビアスタイルは新しく定義されたものであり、今後も議論が必要であるように感じる。
その他の特徴・出品上の注意
さて、残りは上記以外の特徴や出品上の注意であるが、こちらは双方のビアスタイルで共通している。まず、ボディ、初期比重、最終比重、アルコール度数、IBUおよび色度数はベースにしたビアスタイルによって異なる、とされている。
また、出品上の注意についても、他の副原料を用いたビールの場合と同様であり、具体的には以下のことを記載することが必須とされている。
ベースにしたビアスタイル名
ベースにしたビールがこのガイドラインに収録されている既存のビアスタイルのどれにも合致しない場合は「既存のスタイル外」と書いてもよい。
使用したお茶の種類とそれを使用したタイミング(糖化、煮沸、一次発酵、二次発酵、その他)
なお、使用したお茶の種類については、「9. 緑茶ビール」の場合は玉露、煎茶、番茶、抹茶のいずれか、とされており、「10. その他のティービール」の場合は、紅茶、ウーロン茶、プアール茶、ほうじ茶、その他と例示されている。特に「10. その他のティービール」においては、「その他」の解釈に注意が必要である。ここに明示されている紅茶やウーロン茶、プアール茶、ほうじ茶以外でも、茶葉が使用されており、「9. 緑茶ビール」やその他のビアスタイルに含まれないと判断される場合には、このビアスタイルに該当するケースがあると考えられる。もちろん、茶葉を使用していなかったり、フレーバーティーのように茶葉を使用していても、茶葉以外の特徴がアロマやフレーバーにおいて支配的である場合には、他のビアスタイルに該当することは上で述べたとおりである。
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さて,このようなビアスタイルについて楽しくざっくりと知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。
また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会の「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。すでに資格をお持ちの皆さんは、ぜひ周りの方に薦めていただきたい。会場で会いましょう。