11. チリビール
今回取り扱うのは副原料としてトウガラシを使用したビアスタイルである。トウガラシは野菜の一種とも考えられるが、強い辛さを感じる部分が他の野菜とは明らかに異なる。実は、辛味は味覚ではなく、渋みなどと同様に皮膚によって感じる「触覚」の一種である。それにも関わらず、トウガラシがビールの副原料として使用された場合、麦芽由来の甘みやホップ由来の苦みとのバランスが重要であることから、フィールドビールとは独立したスタイルとして記述されていると考えられる。それを除けば、大部分はフィールドビールの考え方と類似している。
米国のBrewers Association(BA)が定義したビアスタイルガイドラインでは、2015年のエディションで初めて"Chilli Pepper Beer"として定義された。その意味では、比較的新しいビアスタイルであると言っていいだろう。ちなみに、「6. フィールドビール」の回でも述べたが、副原料としてトウガラシを用いた場合、いかなる場合も排他的に、この「11. チリビール」のカテゴリーに該当するとされている。まずは、このスタイルの分類に関する部分から言及してみたい。
他のスタイルとの差別化
上でも述べた通り、トウガラシを用いたビールは、いかなる例外もなくすべてこのビアスタイルに該当するとされている。具体的には以下のように記述されている。
上で引用した三つの文のうち、最初の文と<中略>の直後の文はほぼ同じことを述べている。記述が重複しているとも思えるが、これは原典であるBAのガイドラインでも同様である。副原料を用いたビアスタイルでも、ここまで排他的なスタイルはチリビールのみであることを考えると、その部分をあくまでも強調したいという意図が見え隠れする。ちなみに、BAのガイドラインでこのような重複した記述が見られるのは、初出の翌年、2016年のバージョンからである。トウガラシを用いたビールは、米国内外に関わらずそれ以前からさまざまな商業的サンプルがあり、審査会にも出品されていたものと予想されるが、ひょっとすると新しくガイドラインが定義された直後の審査会(GABF: Great American Beer Festival等)で何らかの混乱があり、この点を強調するようになったのかもしれない。ちなみに、判断に迷う場合の一例としてチョコレート・チリビールの例が挙げられている。日本だと、柚子ビールの回で述べた通り、柚子唐辛子を使用した場合などが考えられるだろうが、この場合もチリビールに出品するのが適当であろう。
アロマとフレーバー
では、トウガラシの香りやフレーバーについては、どのように定義されているのであろうか?実際の記述は以下の通りである。
まず、後半の文から見てみたい。スパイシーや辛い、という特徴はトウガラシのキャラクターとして明らかであるが、「野菜風」とある点に着目したい。先に述べた通り、トウガラシは野菜の一種と考えられる。そのため、いわゆるベジタルと言われる野菜のような青い香りが感じられる可能性は十分にある。特に、ハラペーニョのような青唐辛子の場合は、そういった香りをより強く感じることだろう。
一方、最初の文に書かれているアロマフレーバーの強弱を問わず、ベースのスタイルと調和、という部分はフルーツビールやフィールドビールなど、他の副原料を用いたビアスタイルと類似している。ただし、たとえばフルーツビールだと「ホップのアロマに負けない程度にはっきりしている」とか、フィールドビールだと、「ホップやモルトもしくはエステルと調和していること」という表現が見られるが、上にはそのような記述はない。だからといって、ホップやモルトのキャラクターとの関連がないわけではない。むしろ、他のビアスタイルに比べて、よりそのことが重視されると言っても過言ではない。一般的にトウガラシの香りそのものは決して強いものではない。ところが「辛さ」に関しては、辛味と甘味が相殺し合ったり、辛味とホップによる苦みがともに強調されすぎると心地よさを損なったりなど、そのバランスに十分な注意が必要なことは言わずもがなである。したがって、ホップやモルトのキャラクターを説明する際に、言外にそのことが反映されているのである。具体的に見てみよう。
ホップのアロマ・フレーバーおよび苦み、モルトのアロマ・フレーバーとも非常に範囲が広く、一見、何でもアリ、のようにも見える。ただし、注意が必要なのは次の点である。ホップアロマはまさに何でもアリ、なのだが、ホップの苦み、およびモルトフレーバーについては上限がミディアム・ハイまでとされている。つまり、ハイレベルには到達すべきでないことがほのめかされているわけである。まず、ホップの苦みについては、辛さとのバランスを考慮していると考えられる。辛さと苦さの双方がハイレベルになってしまうと刺激が強すぎ、全体としてのバランスを崩し、飲みづらくなることもあるだろう。一方、モルトフレーバーについてはどうだろうか?モルトフレーバーがハイレベルであることが許されるスタイルは、基本的には高温でローストされた濃色麦芽を用いたもので、特にアルコール度数も高いもの、たとえばインペリアルスタウトやバルチックポーターなどが該当するだろう。これらをベースのスタイルとしたチリビールは十分に想定できるが、チリペッパーとのフレーバーのバランスを考えれば、モルトの特徴が支配的になるべきではない、と定義することはリーズナブルであろうと考えられる。また、スモークポーターなど、スモーク麦芽を用いたビアスタイルをベースとするケースも考えられるが、やはり全体としたバランスを考えれば、スモーク香が支配的になるべきではないと考えるのが適当だろう。
外観およびその他の特徴・出品上の注意
上記以外の特徴については、フルーツビールなど、副原料を用いた他のビアスタイルと同様に定義されている。
まず、外観であるが、色合いはベースにしたビアスタイルに基づいて、ペールから非常にダークな色の範囲、とされており、フルーツビールやフィールドビールと同じである。外観がクリアでも濁っていても許される、という部分も同様である。一方、トウガラシの色がビールに反映されることはほぼないと考えられるため、フルーツビールなどのように副原料の色が反映されるというような記述はない。
また、ボディ、初期比重、最終比重、アルコール度数、IBU値、色度数についてはすべてベースにしたビアスタイルに基づく、とされている。この点は、ハーブおよびスパイスビールや緑茶ビールなどと同様である。
さらに、出品上の注意についても、他の副原料を用いた場合と同様で、以下のように記述されている。
ベースにしたビアスタイル名
使用したチリペッパー(トウガラシ)の種類と使用したタイミング(糖化、煮沸、一次発酵、二次発酵、その他)
そのほか特別な原料を使用していればその名前と使用法
ベースにしたビールがこのガイドラインに収録されている既存のビアスタイルのどれにも合致しない場合は「既存のスタイル外」と書いてもよい。
トウガラシは一般的にはスパイスの一種と考えられる。ならば、ハーブおよびスパイスビールに含めてもよいという考え方もあるであろう。ところが、他のハーブやスパイスに比べてフレーバーのインパクトが強く、燃えるような辛さが口の中を支配してしまう可能性がある。そういう意味で、排他的かつ独立したビアスタイルとしてチリビールを定義することには大きな意義があると考えられる。もちろん、ビアスタイルとして確立されるためには、市場におけるサンプルが多数存在することも重要な要因であり、2015年前後には市場における存在感もそれなりに感じさせる状況であったということであろう。
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さて,このようなビアスタイルについて楽しくざっくりと知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。
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