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7. パンプキンビール

前回、野菜を副原料としたフィールドビールと、ハーブおよびスパイスビールを扱った。実はこの二つのスタイルは今回扱うパンプキンビール、すなわち、カボチャを使用したビアスタイルへの布石であった。カボチャは言うまでもなく野菜の一種であるが、このスタイルは「A. パンプキン/スクワッシュビール」「B. パンプキン・スパイスビール」の二つのサブスタイルに分かれているのだ。A. は野菜としてのカボチャそのものの特徴を反映したもの、B. はそこにスパイスの風味を加えたもの、と理解すればいい。では、詳細に吟味してみよう。


外観

二つのサブスタイルとも、外観に関する記述は共通している。基本的にはフィールドビールとほぼ同じで(ということはフルーツビールとも同じで)以下のように定義されている。

  • 色合いは、ベースにしたビアスタイルに基づいて、ペールから非常にダークな色の範囲

  • クリアでも濁っていても許される

  • SRMは5〜50

フィールドビールやフルーツビールでは、色度数の補足として、「または使用したフルーツ(野菜)の色」と追記されていたが、パンプキンビールでは、このような記述はない。これは多くのカボチャが黄色系で、ビールの色に大きく影響を与えることが考えづらいということに起因すると考えられる。

パンプキン/スクワッシュビール:アロマとフレーバー

次にアロマとフレーバーであるが、これは二つのサブスタイルで大きく異なる点であるため、それぞれ別々に見ていくことにする。まずは、サブスタイルAの「パンプキン/スクワッシュビール」について吟味してみよう。

このビールは、パンプキン(ペポ南瓜)もしくはスクワッシュ(冬南瓜)を、糖化時、煮沸時、一次発酵時または二次発酵時に加えてつくられる。パンプキンまたはスクワッシュのアロマやフレーバーは、ほのかに感じられるレベルから激しいレベルまで範囲が広い。フルーティーなエステルはベースにしたビアスタイルによって異なる。ホップのアロマとフレーバーはまったく感じられないレベルからミディアム・レベル。ホップの苦味はローからミディアム・ロー・レベル。モルトのアロマとフレーバーはベースにしたビアスタイルによって異なり、ローからミディアム・ハイ・レベル。

カボチャのキャラクターについてはほのかなレベルから激しいレベルまで、すなわち最低限度ある程度感じられさえすれば何でもアリ、と読める。表現は異なるが、強弱は問わないとされていたフルーツビールにおけるフルーツやフィールドビールにおける野菜のキャラクターと大きな違いはないだろう。フルーツビールやフィールドビールの場合には「ホップのアロマに負けない程度にはっきりしている」ことが求められていたが、上の記述においても、ホップのキャラクターは全く感じられないレベルからミディアムと比較的低めに設定されているので、カボチャの風味がホップに負けずそれなりに感じられることが想定されており、大きな違いはないものと考えられる。エステルについてはフィールドビールの場合と考え方は同じだろう。

面白いのは、ホップの苦味がフルーツビールやフィールドビールよりもやや抑えめに設定されている点、加えて、モルトのアロマやフレーバーは逆にやや強めの表現になっている点である。これはある意味、パンプキンビールの特徴であるとも考えられる。カボチャは炭水化物を豊富に含み、甘味も強く感じられる。実際、糖質の含有量もそれなりに多い。そういう意味ではパンプキンビールの特徴としても、ホップの特徴を抑え、モルティなキャラクターがより強く感じられた方が、カボチャのキャラクターもより強調されると考えられる。

さて、加えてこのビアスタイルでは次のような記述も見られる。

ベースにしたビアスタイルがスモークビール、フルーツビール、サワービールなどであれば、それらのフレーバーを反映していてもよい。

こんなこと、わざわざ書くことかな?と疑問に思う方もいるかも知れない。確かに。副原料を用いたビールであれば、これまでに扱ったフルーツビールにせよ、フィールドビールにせよ、ベースのビアスタイルの特徴はある程度反映されるのは当然のことだろう。ただ、わざわざこれらのビアスタイルを例示するということは、そこに明確な意図があるからである。どういうことかというと、スモークビールがベースなら、燻煙香が感じられてもOK、サワービールならば酸味が感じられてもOKで、これらをベースにした場合でカボチャの風味がそれなりに感じられれれば、これらのビアスタイルに該当する、ということを言外に主張していると見るのが適切だろう。興味深いのは、ベースがフルーツビールである場合にも言及している点である。フルーツビールということはさらにそのベースのスタイルも存在するはずで、副原料としてカボチャのみならず、フルーツも使っている可能性を否定しないことに敢えて触れているわけである。具体的な商業的サンプルはすぐには思いつかないが、ベースがフルーツビールであれば、フルーツの風味も感じられ、さらに強弱は問わないにしてもカボチャの風味もそれなりに感じられて、フルーツのキャラクターとバランスを取ることがベター、と解釈することができる。

ちなみに、「7-B. パンプキン・スパイスビール」と明確に区別するため、以下のように追記されている。

スパイシーなアロマとフレーバーがあってはならない。スパイシーなアロマおよびフレーバーが感じられる場合は、パンプキン・スパイスビールまたはハーブおよびスパイスビールに該当する。

カボチャを使用し、スパイシーなキャラクターが感じられる場合は、「7-B. パンプキン・スパイスビール」に分類せよ、ということであるが、注目すべきは、パンプキン・スパイスビールだけではなく、「8. ハーブおよびスパイスビール」に分類するのが適切であるケースにも言及している点である。後述するが、「7-B. パンプキン・スパイスビール」の場合はカボチャのキャラクターのレベルにも、スパイスのキャラクターのレベルにも明確な規定がある。具体的には双方ともにミディアム以上のレベルをキープしなければならない。したがって、この規定に該当する場合は「7-B. パンプキン・スパイスビール」に該当すると判断するのが適切であり、そうでない場合は「8. ハーブおよびスパイスビール」に該当すると考えるのが適当である、というわけである。

では、続いて、その「7-B. パンプキン・スパイスビール」のアロマとフレーバーについて読み解いてみよう。

パンプキン・スパイスビール:アロマとフレーバー

パンプキン/スクワッシュビールとの違いは、さらにスパイスを加えてつくられた点であるが、これだけでアロマやフレーバーの特徴が非常に異なることがガイドラインの記述からもよくわかる。

パンプキンもしくはスクワッシュのアロマやフレーバーは、ミディアムからハイ・レベル。スパイスのキャラクターについてもミディアムからハイ・レベルで、パンプキン/スクワッシュやほかのフレーバーとバランスがとれていること。シナモン、オールスパイス、クローヴ、ナツメグはアメリカン・タイプのパンプキンビールによく使用されるが、こちらのパンプキン・スパイスビールにはほかのスパイスも使用できる。たとえばオレンジピールとコリアンダーを加えてベルジャン・ヴィット風のパンプキン・スパイスビールをつくることもできる。

どうだろう?パンプキン/スクワッシュビールでは、カボチャのキャラクターはほのかなレベルから激しいレベルまで、とされていたのに対し、ここでは少なくともミディアムレベルで、ハイレベルであっても許される。さらに、スパイスのアロマやフレーバーもミディアムからハイ、ということであるので、カボチャとスパイスのキャラクターが少なくともミディアム以上でバランスをとることが求められるということである。カボチャが支配的でも、スパイスが支配的でもダメ、両者が中程度以上のレベルで主張しあい、バランスをとること。これがまさにこのビアスタイルの核心であると言えるだろう。

一般的にこのビアスタイルは、いわゆるパンプキンパイのようなフレーバーをもったものがイメージされる場合が多いだろう。そのため、使用されるスパイスとしては、上にあるように、シナモンやオールスパイス、ナツメグなどが想定されるケースが多い。しかし、ガイドラインとしてはそれらに限定しないことが明記されており、一例としてベルジャン・ヴィット風のパンプキンビール、なるものが挙げられている。醸造家による創作の幅を大きく開放していると言うこともできる。

ちなみにホップのアロマやフレーバーについてはカボチャやスパイスよりも弱く、ミディアム以下とされているが、レベルとしてはパンプキン/スクワッシュビールの場合と基本的に同じである。違いは、パンプキン/スクワッシュビールの場合には、ホップの方がカボチャのフレーバーよりも強いことも可能性としては許されていたが、こちらでは許されないという点だろう。モルトのアロマ・フレーバー、ホップの苦味、エステルについても基本的な強さのレベルは「7-A. パンプキン/スクワッシュビール」と同じである。

その他の特徴

ここから先は、二つのサブスタイルに共通する事項である。

ボディはベースにしたビアスタイルによって異なる、という点はフルーツビールやフィールドビールと同じである。さらに、初期比重、最終比重、アルコール度数についてもフルーツビールとまったく同じ値に設定されている。フィールドビールではこれらは「ベースにしたビアスタイルに基づく」とされていた。この点は、フルーツビールの回にも触れたが、カボチャについても炭水化物・糖質を多く含むことから比重やABVへの影響を考慮したものと考えられる。一方、IBUは5〜35とフルーツビールの場合よりも上限が低く設定されている。これについては、パンプキン/スクワッシュビールのアロマ・フレーバーの項で述べた通り、どちらかというとベースのスタイルの特徴としてモルティなキャラクターを立たせるべき、という考え方に基づくものと考えれば納得がいく。

出品上の注意

これまでのフルーツビール、フィールドビールと同様、副原料を用いたスタイルである以上、審査会に出品する際には、これらに関する情報を明記する必要がある。基本的な考え方は、フルーツや野菜を用いた場合と同様で、以下のような情報を明記することが求められる。

  • ベースにしたビアスタイル

  • パンプキンまたはスクワッシュの種類および使用したタイミングとその方法

  • (パンプキン・スパイスビールの場合)スパイスの種類

  • その他、特別な原料を使用していればその名前と使用法

  • ベースのビアスタイルが、ガイドラインに収録されていない既存のスタイルに該当しない場合は「既存のスタイル外」と記述できる

ユニークなのは、カボチャの使用法の記述例として「焦がしたカボチャを糖化中に加えた」という具体例が挙げられている点だろうか。パンプキンパイのような風味を思わせるビール、というステレオタイプを思い浮かべると、さもありなん、という気にさせられる。スパイスを用いない場合であっても、ローストしたカボチャを用いることで、よりカボチャの風味が強化され、甘味も強く感じられることが予想されるため、具体例としてはそれなりにリーズナブルであると思えないこともない。日本人的には、ほのかな醤油味で味付けしたカボチャの煮付けをイメージすると理解しやすい。単に蒸した場合などに比べてにつけることでカボチャの風味や甘さが強調されると考えれば、納得できるのではないだろうか?

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